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湯煎調理で鹿すね肉の赤ワイン煮込みを作る

試作をやっていると冷蔵庫や冷凍庫にストックが増えます。少しずつ日常生活のなかで消費していくのですが、どうしても冷蔵庫のなかが手狭になってきます。冷凍で買っていた食品がいくつかあるので、先にそれを消費していかないと作業に支障が出てしまいそうなので、最近は冷凍食材を減らしていくように努めて生活をしています。

というわけで、イベントに向けた試作ではないのですが冷凍庫にあった鹿すね肉を使って赤ワイン煮込みを作ります。鹿肉は肉の中でも大好きな部類なのですが、禁猟期の影響で春以降入手性が悪くなります。3月くらいから徐々に手に入りにくくなるので、2月末に2~3kgまとめて冷凍で買っておいて、春先にゆっくり食べることにしているのですが、今回はそれを使います。

鹿肉を湯煎調理する

これでだいたい650gくらい

ジビエ全般にいえるのは、火を通しすぎるとぱさついてしまうこと。鹿肉のフィレやシンシンなどは柔らかい赤身肉で非常に美味しい部位ですが、少しでも火を入れすぎるともそもそとした食感になってしまいます。とはいえ加熱が足りないとE型肝炎などの食中毒リスクがあり、難しいところです。その点すね肉などコラーゲンが多く含まれる部位は、加熱時に離水しづらく安全面に配慮した火入れをしてもぱさつきにくい。ただ、コラーゲンが多いということは普通に焼いただけでは固くて食べられないということでもあるので、煮込みが最適というわけ。

コラーゲンが多い部位を柔らかくするのにいちばん簡単なのは圧力鍋ですが、圧力鍋はその性質上肉の細胞を破壊してしまうので、旨味の抜けたすかすかの仕上がりになってしまいます(そのためスープや出汁をとるには最適な方法でもあります)。通常は80~90℃くらいの温度帯をキープしながらじっくり数時間煮込むのですが、大鍋で仕込むならまだしも2~3人前の分量を作るとなると温度の管理が非常に難しい。そこで今回は湯煎器を使います。

湯煎器は数年前から料理好きの界隈(?)でプチブームになっていて、鶏ハムやローストビーフ、厚切りステーキなどの制作報告がYoutubeやnoteにめちゃくちゃ出てくるのですが、個人的に一番便利なのは煮込みだと思います。湯煎でローストを模倣すると、調理中に肉から出た肉汁で煮るかたちになって独特の匂いが肉についてしまいます(しばしば湯煎調理にはムレ感がある、といわれるのはそれが原因ではないかと思います)。確かに火入れはしっかり決まるのですが、風味の面で湯煎調理は不利な点がいくつかあるように思います。しかし、煮込みであればそういったデメリットは殆どありません。湯煎調理は煮込み(とコンフィ)のための道具だといっても過言ではないのではないか、と個人的には思っています。

材料

鹿すね肉 600g
塩 5g
強力小麦粉 適量
玉ねぎ(小ぶりのもの) 1個
人参(小ぶりのもの) 1本
セロリ(茎の部分) 10cm
赤ワイン 500ml
ブイヨン 200ml
トマトペースト 18g
乳酸発酵ブルーベリー 20粒
黒胡椒 少々
無塩バター 20g

というわけで、分量です。特殊な材料としては乳酸発酵ブルーベリーでしょうか。これはブルーベリーに塩をまぶして発酵させたもので、コペンハーゲンのレストラン、ノーマの発酵食品をあつめたレシピ本に載っていたものをそのまま作りました。

料理家の樋口直哉さんがnoteに詳細を載せているので、気になる人はこちらから。

市販品はおそらくないので、手元にない場合は冷凍ブルーベリーかラズベリーで代用してください。普通のブルーベリーだと酸味が弱すぎ、ラズベリーだと食感のアクセントがなくなるのですが、十分代用可能だと思います。いっそ省略しても構いません。

ブイヨンは自分で作ってもいいのですが、面倒なのでハインツの濃縮ブイヨンを使いました。

なければ固形ブイヨンでも構いませんが、その場合は通常の1/3量程度にするのが良いと思います。クノールやマギ―のブイヨンを規定分量でつくるとかなり塩っぱくなってしまいます。また、固形ブイヨンは通常のブイヨンや濃縮ブイヨンとの違ってゼラチン質がほとんど含まれていません。ゼラチンはソースにコクを与え、乳化を助けてとろみを付けるので、5gくらいの粉ゼラチンを加えるとよいでしょう。

また、トマトペーストはカゴメのトマトペーストを使いました。これは個包装されているのでトマト缶や瓶みたいに開封後使い切ったり冷凍したりする必要もなく、常備しておくとサッと使えてとても便利です。

調理の手順

鹿肉には塩をしておきます。目安は肉の重量の0.8~1.0%。バットの上に肉を並べて精製塩を振ります。肉の全面に均等に振り、肉を転がしてバットに塩が残らないようにします。そこから20~30分ほど放置し、塩をなじませます。

その間に野菜をカットしておきます。玉ねぎ、人参、セロリは5~8mm角の賽の目切りに。最後に濾すので形を気にする必要はありません。スープや煮込みの香味野菜は煮崩れてソースを濁らせる場合があるのでもう少し粗めに刻むことが多いですが、湯煎調理では煮崩れる心配が少ないので味の抽出効率のために小さめに刻みます。

肉に塩が馴染んだら、表面に浮いた水分を拭き取って、表面に強力粉をまぶし、余分な粉を落とします。粉をふることで焼き目が付きやすくなり、また煮汁にとろみがついて肉との一体感が増します。

本当は塩をするまえに切るべきだったのですが忘れていました。今回は肉がそもそも小さかったので大きめのひとくち口大をスプーンで食べる感じになりますが、150gくらいのブロック×4とかにできるとナイフとフォークで食べるような感じになります。どちらにも良さがありますが、後者のほうがレストランぽいというか、豪華な印象になりますね。

強力粉が湿気る前に肉を焼いていきます。フライパンにオリーブオイルを多めにひいて熱します。火加減は中~強火。ここでの目的は肉の表面に焼き目をつけ、香ばしい風味をつけること。肉はこの後ゆっくり煮込んでいくので芯まで火を通してはいけません。そのため、強めの火加減で効率よく焼き目をつけていく必要があります。多めの油は肉とフライパンの接地面を増やし、加熱の効率を高める目的です。各面しっかりと焼き目をつけていきます。

焼けました。フライパンからいったんバットに移しておきます。こうして見るともう少し焼いても良かったかな、という気もします。

フライパンに残った油をさっと拭き、香味野菜を炒めます。火加減は弱~中火。香味野菜を炒める理由は、肉同様焼き目をつけることで煮汁に香ばしい香りをつけること。そのため、通常の炒めものよりしっかりめに炒めます。分量外の塩ひとつまみを加えると、野菜から水分が出て焦げつきを防止できます。

炒め終わりました。玉ねぎだけ別途長時間炒めて飴色にするとメイラード反応による強い風味がつけられますが、そこまでしなくてもいいかなと思います。メイラード反応による風味を追加したければ黒にんにくを刻んで一緒に炒めてもいいかもしれません。

ワインは結構な量が入るので必ずしも良いものを使う必要はありませんが、酸味が強かったり収斂味の強いワインは避けたほうがよいです。品種としてはメルローが使いやすいと思います。今回はアルパカのメルローを使いました。チリワインは安くて品質も安定している気がするので、僕は料理ではだいたいチリのワインを使っています。

全量加えます。強火にして煮立てるとフライパンの中央部に灰汁が集まってくるので一度だけ掬い、そのまま半量くらいまで煮詰めます。煮詰めているとフライパンの縁に煮汁がこびりつくのでヘラで落とします。焦げると煮汁に焦げ臭さがついてしまうことがあるので、面倒ですが入念に落として上げる必要があります。

煮詰まったらトマトペーストとブイヨンを加えてひと煮立ちさせます。固形ブイヨンを使う場合はここでゼラチンも加えます。ゼラチンはダマになりやすいので、10gくらいの水でふやかしてから入れてください。

この煮汁が味のベースになるので、ここでいったん味見をします。ここに鹿の旨味が加わり、最終的に少し煮詰めるので、この段階では少し物足りないかな?というくらいでちょうどよいですが、あまりに旨味が感じられないようならブイヨンを少しだけ追加してさらに煮詰めます。特に固形ブイヨンはメーカーによって塩分量が違うので、はじめ少なめにして、様子を見ながら加えるのが良いでしょう。塩気が足りないのは最後に加えて調整すればいいですが、この段階で塩っぱいともうどうしようもありません。

味と濃度がある程度決まったら火を止め、粗熱をとります。厚手のフリーザーバッグに先程焼いた肉と煮汁を入れます。

肉を休ませている間にバットの底に溜まった肉汁も忘れずに。

フリーザーバッグごと水に沈めて空気を追い出します。真空パック機があるならそれを使うのも良いですが、空気を抜くのはあくまでも熱伝導効率をよくすることと、バッグが浮き上がってしまうのを防ぐためなのであまり神経質になる必要はありません。ただ、バッグに穴が開いてしまうと煮汁が溢れてしまって台無しです。バッグは信頼できるブランドのものを使い、破れないように丁寧に扱いましょう。僕は不安だったのでバッグを二重にしました。

あとはこれを湯煎にかけるだけ。85℃で5時間加熱します。

湯煎調理の加熱温度と加熱時間をどうするか、というのはなかなか難しいのですが、一応いくつか目安があります。ポイントになるのは主要なタンパク質の変性温度。すね肉のような固くなりやすい肉を長時間加熱する場合は、大まかにコラーゲンが分解されやすい75~85℃程度で加熱するか、アクチンが変性して収縮する66℃未満で加熱するかの2択になります。

大前提としてコラーゲンはそのままだと非常に固いので、加熱することでゼラチン化させぷるぷると柔らかい状態にする必要があります。このゼラチン化が起こりやすいのが75~85℃の温度帯で、一般的に煮込み料理はこの温度を保つことが重要になります。しかしこの温度帯、肉を収縮させ固くする原因となるアクチンの変性温度以上でもあります。コラーゲンのゼラチン化は75℃未満でも少しずつ進みますから、60~65℃で長時間加熱すればアクチンを変性させずにコラーゲンを分解できるというわけ。

ではこれらの温度帯で何時間加熱すればよいのでしょうか?このあたりは肉の種類や部位によってさまざまなので実際にやってみるしかないのですが、今回は先人の知恵を借ります。

Modernist Cuisineの3巻には、肉の煮込み温度と時間についての表があります。都合よく鹿すね肉の加熱時間は記載されていませんでしたが、おそらく類似した性質を持つであろう仔牛のすね肉とラムのすね肉についての記載がありました。

太字が推奨される温度と加熱時間です。62℃での加熱はたしかにしっとりとしていながら柔らかく、通常の煮込みとは明らかに異なる面白い仕上がりですが、この作業をしているのは深夜3時。翌日の夕食には食べたいので85℃で5時間の加熱を採用しました。

というわけで、翌日です。若干寝不足ですが、頑張って起きました。バッグを湯煎からあげて、冷水で冷やします。

すぐに食べない場合はこの状態で仕込んでおくことも可能です。冷蔵で2~3日は保つと思います。すぐ食べる場合は冷水にとらずにそのまま次の工程に行ってもいいのですが、いったん冷やすと肉から出た油脂が固まるので、除去しやすくなります。面倒であればそのままでもいいですが、油脂を取り除くとソースのキレがよくなり、見た目的にも澄んだきれいな仕上がりになるので、丁寧にやるならここは取り除いておいたほうが良いでしょう。

肉を取り出しておき……

野菜の味は抽出が済んでいるので、ソースは濾します。より丁寧にやるならもう一度目の細かいザルで濾すとよりなめらかなソースになります。

これを鍋に移し、火にかけます。火加減は中火。鍋に乳酸発酵ブルーベリーを加えて……

軽く煮詰め、最終的なソースの味を決めます。旨味やコクが足りない場合はさらに煮詰め、塩味が弱ければ塩を足します。今回は少しだけ煮詰め、ひとつまみの塩を加えました。このあたりは使用したブイヨンや肉の状態によって変わりうるので味をみつつやるのが一番です。

ブルーベリーの甘味が入るので必要ないとは思いますが、いまいち味が決まらないとき(ワインが渋すぎたり酸っぱすぎたりしたときに起こる印象があります)は少量の砂糖を加えると味が決まる場合があります。ブイヨンと肉のゼラチン質でソースには自然な濃度がついていると思いますが、とろみがほしければ少量の水溶きコーンスターチでとろみを出します。

味が決まったら火をとろ火にし、仕上げに冷たい状態の無塩バターを20g加え、泡だて器でゆっくりと泡立てないように混ぜます。この工程はモンテといって、ソースにバターの香りを加え、油脂を乳化させて濃度と艶を与えることが目的です。

写真撮影のためにもたもたしていたらバターが溶け始めていますが、バターを加えたら手早く混ぜ始めてください。そもそも冷たいバターを温かいソースに加えるのは、バターが一気に溶けないようにするため。油脂分が徐々にソースに溶け出し、それを都度混ぜ込んでいくことでバターの油脂分がきれいにソースに乳化します。

最後に肉を鍋に戻して温めます。火加減はとろ火のまま。沸騰させるとソースの油脂分が分離するおそれがありますし、そもそも湯煎で丁寧に加熱した意味がありません。熱々よりはほんのり温かいというくらいのほうが香りも味も感じやすいので60℃くらいまで温まれば大丈夫。肉の中心部が温まっていない状態を避けるために、いったん70℃くらいまで温めて、60℃くらいまで冷ますイメージで加熱するのがよいでしょう。

盛り付けて完成です。付け合せはじゃがいものピューレ。乳酸発酵ブルーベリーの食感と酸味がアクセントです。今回はソースの油脂分を少なめにしたので、その分バターをたっぷり加えたじゃがいものピューレを添えました。バターたっぷりのソースも美味しいのですが、バターの味が強く出てしまうのが難しいところ。その分の油脂を付け合わせに補ってもらうことで、ソースのキレと味わいのリッチさを両立できるのではないかと考えました。じゃがいものピューレが入ることで口の中にソースがとどまる時間が長くなるので、満足感も高まるのではないかと思います。

友人の山形くんがナスタチウムの栽培をはじめて、早速収穫できたとのことで譲ってもらったナスタチウムを飾りました。ピリッとした辛味がアクセントになる……はずですが、じゃがいもにマスクされて味はあんまり感じられません。ナスタチウムはもう少しスーピーな料理のほうが合いますね。

さいごに

こうして食べてみるとやはり鹿肉はジビエのなかでもかなりクセがなく、かつ肉質もきめ細かいので非常に使いやすい肉です。値段はものによりますがネット通販などで出ているものは安価な牛肉よりも安い価格帯で売られているので使わない理由はありません。

現状狩猟や農作物の獣害のために捕獲された野生動物のうちジビエ利用されるものは1割にも達しておらず、全体の1/4以上が一切活用されないまま破棄されています(農林水産省「捕獲鳥獣のジビエ利用を巡る最近の状況(令和4年4月版)」)。もちろん、こういった問題は需要だけでなく、それを満たす流通や制度などの整備とセットになる複雑なものですが、もうすこし日常的な食材の選択肢のなかに入ってきてもいいのでは、と思ったりもします。

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