2023に遭遇した百合・ガールズラブ、或いはそれ以外の備忘録②「ROCA」「花の雨が降る」

2023年は柴島美乃に出会い、吉川ロカ(本名:露花)に遭遇した年といって差し支えない。
 
何の話かといえば、いしいひさいち先生の作品「ROCA」の話だ。

主人公は吉川ロカ。ありふれた女の子がどうでもよからざる才能を見出され、柴島美乃という同級生に支えられて歌手をめざす友情物語。歌手といっても日本の歌謡曲ではなく『ファド』というポルトガルの国民歌謡だ。
路地で歌い始めても最初は客がつかず、客がついても中には妙なのが紛れている。けれど、信用のおける大人たちや心底陶酔するファンに恵まれて次第に友人の手から離れていく。その行程がリアルで説得力がある。柴島美乃とロカの人間性も相まって終盤が切ない。その移り変わりそのものが楽曲だ。
 
「花の雨が降る」は特に吉川ロカと柴島美乃の二人をクローズアップした短編集だ。美乃とロカの出会いから行く末までを堪能できる。ロカと美乃は同級であるだけでなく、両親を船の沈没で亡くした遺児同士という共通点がある。徐々に名を知られ、育った土地を離れるロカの旅立ちに、その意味を知る美乃が写真を撮り一枚だけでいいと言って現像させる。当のロカは「遠くへ行くわけじゃない」と無邪気に笑う。この落差が堪らない。

いしいひさいち作品といえば「となりの山田くん」が有名だが、そのモチーフは一般家庭に留まらない。学生、フリーター、政治家に野球選手、果ては宇宙人にまで及ぶ。初めてふれたのは叔父の部屋に置かれた「がんばれ!!タブチくん!!」が最初だった。主役になるのは決して王者でなく、良くも悪くも率直で強かな「普通の人々」ばかり。けれど「普通の人々」なんてどこにもいないのだ! と感じさせてくれる。漫画はどこか宿命的に人をからかうものだが、その「からかい」に愛がある。周囲が尋常でないために、それと渡り合う主人公の尋常のなさが次第に伝わるのだ。

家族でもなく、青年でもなく、少女二人を主役に据えた「ROCA」。私にとっては好みであるだけでなく嬉しい物語だ。客入りがなくても満場であっても歌い方が変わらないという吉川ロカの姿勢には励まされる。おじさんばかりが主役を占めていた「新聞の四コマ」の主役が「ののちゃん」に切り替わったときの感動を未だに覚えている。コミティアで「ROCA」の同人誌を無事に入手したときも、格別な嬉しさを覚えた。
先年逝去した叔父が読んだらどんな感想を抱いただろう。 

本編のラストはある映画へのオマージュも兼ねていたというが、私には断然「花の雨が降る」のラストが印象に残った。二人の関係の帰結を示したカットであり、いしいひさいち氏の持ち味を感じさせてくれる。悲哀に満ちているのにどこか爽快だ。この切れ味は四コマという形式で「終幕」を星の数ほど生み出した作家にしかあらわしえないものだろう。

美乃とロカの「ROCA」未収録の姿は「ののちゃん全集」にも収録されており、13巻の巻末にオーディション編が収録されているという。鬼吉川の影の一員として追って読みたい所存だ。

題:「ROCA」「花の雨が降る」
作者:いしいひさいち(敬称略)
掲載:同人誌(2022年8月発行)・KINDLE収録/ののちゃん全集掲載
URL:http://www.ishii-shoten.com/

 


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