見出し画像

【読書感想文】光 / 三浦しをん

📚あらすじ(BOOKデータベースより)
天災ですべてを失った中学生の信之。共に生き残った幼なじみの美花を救うため、彼はある行動をとる。二十年後、過去を封印して暮らす信之の前に、もう一人の生き残り・輔が姿を現わす。あの秘密の記憶から、今、新たな黒い影が生まれようとしていた―。

📚読書感想文
うつくしい島も、うつくしい思い出も、
津波によってすべて奪いさられた者たち。
過去をひた隠しにする彼らと、
見栄で塗り固めた幸福を営む者たち。
かなしい人間たちと暴力の物語。

生き延びた彼らは、きっとこの先も、
埋め立てた日々の上で生活していく。
すべて忘れた顔をして、
すべてなかったことにして、
虚勢の幸福を貼りつけて。
だけど暴力はかならず帰ってくる。
このあとまたどこかでぶり返す。

それもきっと納まるところに納まるんだろう。
取り返しのつかないいくつかは葬り去る。
生き延びたものがあらたに築きあげる。
寄せては返す波のように。


強烈なものを目の当たりにすると、感覚が麻痺することがある。
匂いや味や、刺激や、なににでも言える。
それは倫理観や恐怖についても例外ではない。
天災という抗いようのない暴力にすべてを奪われて、
同時に、輔の虐待を日常的に見ていて、
信之の感覚は麻痺しきってしまったのだと思う。
彼と生き残ったのは、おさない恋人だけだった。
中学生の覚えたてのセックスの相手をし、
強姦魔の惨状のなかでもはたらく肉欲に遭い、
女優という仕事をおくるなかで
美花が自身の魅力に気づかなかったはずがない。
そして、理性をものともさせない性欲の愚かさにも。

その一方、輔と南海子は恐れを知っているように見える。
(覚えているというほうが適切かもしれない)
輔にとっては、津波よりも父親が恐怖だった。
一瞬ですべてを失うよりも、
一生続く痛みと絶望のほうが怖かった。
だから、津波に束の間の勝利を見た。
南海子は自分を不幸だと憐れむ幸せを知っている。
ひとを羨み、近づきたいと思う余力がある。
献身的な努力でコンプレックスを覆せると思っている。
南海子の平和ぼけした愚かさと可愛さに、
信之は惹かれたのかもしれない。

これはわたしの私見と偏見だけど、
性的暴行に遭った経験のある者は
貞操観念に狂いが生じると思う。
受けた暴行の大小に限らず。
あるひとは異性を受け付けられなくなるし
あるひとは誰とでも寝れるようになる。
じぶんを脅かすものか
じぶんを慰めるものか
いずれにしても
セックスが愛による行為にならない。
たぶん、美花は後者だった。
彼女にとってそれは、身を守る術だった。
あんなことがなければ、
信之との青春時代もうつくしい思い出だったのに
思春期の肉欲に脅かされた
かなしい記憶になってしまった。

最終的に信之が帰ってきたことに驚いた。
15年募らせた愛を一蹴され、
過ちを犯した意味さえ失ってしまった。
夢にみた未来も泡沫に消えた。
自殺すると思った。
互いに打算でいっぱいの夫婦とその娘。
留守にしていた間に
虐待まがいのことが起きていたことも知らない夫。
最大の秘密が妻の腹の中にあることを知らない夫。
夫の本性と秘密に怯えながら、
それでも良妻賢母であり続けたい妻。
娘に幸せになってほしいのはたぶんエゴだ。
人並み以上の幸せが欲しくて必死な妻。

作者は、この淀みと絶望の物語に
なぜ「光」と題をつけたのか。

いかなる暴力に絶望を見せられても
人間たちはあらゆる手段を使って
人生を切り開こうとする。軌道修正しようとする。
その、光をもとめて足掻く姿に起因するのではないだろうか。
わたしはそう解釈した。

この記事が参加している募集