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一軒の実家を3人兄弟で相続する時に気をつけること

10時30分、スマホの画面で時間を確認した斉藤 健太(さいとう けんた)はそのまま、Gmailのアプリをタップして開いた。

受信トレイに届いていたメールは5通、そのうち3通は以前買ったネット通販のセールスメールで、残りの2通のうち1通を健太は開いた。

「この度はご縁が無かったということで…」

お決まりの不採用の通知だ。

この半年ほど健太は就職活動に励んでいた。
新型コロナウィルス感染症の影響でそれまで勤めていた居酒屋チェーンの人員整理で解雇されたのだ。

「45歳からの再就職はキツイ…」

健太は大学を卒業した年に茨城県土浦市の実家を出て、東京都内にある中小の食品メーカーに就職。
同時に一人暮らしを始めた。

メーカーのセールスマンとして順調に仕事を覚えていき、給料も安定してきた27歳の頃に結婚。
千葉県に一戸建の住宅を購入し、順風満帆な人生を送っていた。

しかし、会社の食品偽装が社会問題になり、そこから業績が悪化し始め、残業に次ぐ残業で頑張ってきたが会社は倒産。
健太が30歳の時だった。

これまでの経験から同業種の食品メーカーに絞って就職活動に取り組んだが、前職の会社の食品偽装問題が業界全体に知れ渡っており、同業種での就職は絶望的だった。

仕方なく、“食品”業界まで視野を広げ、慢性的に人手不足に陥っている飲食業界で再就職することが出来た。
それが、今回、新型コロナウィルス感染症の影響で人員整理された居酒屋チェーンだ。

健太が居酒屋チェーンに勤め始めて、朝早く夜は深夜に及ぶ勤務形態になり、千葉県の自宅に帰ることが困難になったことから、31歳の時に離婚していた。

そこから再婚すること無く、45歳独身で求職中の身になってしまった。

不採用の通知メールは直ぐにアーカイブして受信トレイから見えなくした。
もう一通のメールは兄の茂樹(しげき)からだった。

件名は「遺産分割協議についての日程伺い」だった。

遡ること3週間前に母親の葬儀を済ませたところで、母親の遺産相続についての話し合いの日程の調整を兄の茂樹がしているところだった。

健太は、“時間はあるのでいつでも良い”といった内容のメールを返した。

そして、2週間後の10月下旬のある晴れた日に健太は実家での遺産分割協議の席に座っていた。

「預貯金は300万円、後は実家をどう分けるかだけど…」

兄の茂樹から、その後、切り出された提案は健太にとっては納得が出来ない提案だった。それは、

「実家は俺が譲り受ける」

健太にはもう一人、下に弟が居て3人兄弟だ。
弟の晃(あきら)は北海道でエンジニアをしている。

今回の遺産分割協議の席では、晃の他に奥さんも連れて来ていた。
当然、弟の晃も納得してはいない。

何故?兄の茂樹が実家を譲り受けるのかというと、母親と同居していて面倒を見ていたからだと主張している。
こういう場合はどうするのが正解なのだろうか?


相続トラブルは不動産から起きやすい


実家の土地と建物そして、葬儀費用等を差し引いた後の預貯金の残金が300万円。

今回のケースでは、父親は母親よりも10年前に他界していて、相続人は兄弟3人になります。
父親が亡くなった一次相続の時は自宅を含めた全ての財産を父親から母親が相続していて、兄弟3人は何も相続していません。

そのため今回の二次相続は初めて兄弟3人が実家の財産を相続する形になりました。

まず、預貯金の300万円は兄弟3人で分けるとして、問題は実家の土地と建物です。
相続トラブルの原因は様々ですが、そのほとんどに不動産が絡んでいます。

その理由としては、不動産は分けにくいというのがあります。
建物は物理的に分けることが出来ない上、土地も建物も預貯金のように金額が明確にわかっておらず、その価値判断が難しいというのがあります。

更に、不動産というのは、相続財産に占める割合が大きいというのがあります。


不動産が相続財産に占める割合は41.9%(2017年)

国税庁の統計データでは、不動産が相続財産に占める割合は41.9%(2017年)といった数字が出ていますが、この数字は相続税を申告したケースをベースに計算されているため、土地や建物の評価は時価よりも低くなっている、つまり60%程度になっているということを考えておかなくてはなりません。

更に、相続税の申告をしなくてもいいケースでは、相続財産が自宅のみといったケースが多く、相続財産における不動産の比率はより多くなるはずです。

そう考えると、不動産が相続財産に占める割合は少なく見積もっても、60%〜70%程度になるのではないでしょうか。

もう一つ付け加えると、65歳以上の高齢者世帯の持ち家比率は8割以上で、相続が発生すれば必然的に実家の不動産を相続することになります。

これが、相続トラブルの引き金が不動産であるという根拠です。


不動産を共有名義のまま放置しない


相続が発生した時点で、相続財産は相続人全員の共有名義、つまり共有財産になります。
今回のケースでは、母親の財産を子供3人で分割するわけですから、それぞれ33%ということになります。

後はここから遺産分割協議を経て、相続人の配分が決まります。

手続きとしては、“共有名義の解消”を行い、自分の名義にします。
ですので、この時点は兄弟3人それぞれに実家の不動産(土地と建物)を保有する権利があるというわけです。

そこで、今回は兄の茂樹が、“実家を譲り受ける”といった主張をしているわけですから、その主張に対して、弟である、健太と晃が納得すればいいのですが、晃はどうか分かりませんが、健太は納得していません。

そのため、兄の茂樹が、“実家を譲り受ける”といった主張を変えない限り、遺産分割協議は先に進まなくなってしまいました。

一番下の弟の晃から兄の茂樹が何故?実家を譲り受けるといった主張をしているのか?質問を投げかけると、茂樹は、母親の面倒を見てきたからだという答えが返ってきました。

しかし、健太も晃も実家に毎年、帰省した時に母親に会っていますが、母親は認知症を患うこともなく元気に過ごしていた記憶しかありません。

そんな母親が病気で倒れた時は、3人で面倒を見てきました。だから、兄の茂樹一人が面倒を見てきたというのはおかしいのです。

かと言って、このままでは、不動産(土地・建物)が共有名義のままになり、このままだと時間が経つほど揉め事が大きくなる傾向があります。

もし、このまま実家の不動産(土地・建物)が共有名義のまま放置されて、兄の茂樹も健太も晃の誰かが亡くなってしまったら、世代交代が起こり、共有者がどんどん増えていき収拾がつかなくなってしまいます。

それがいま、世間で問題視されている空き家問題の発端です。

では、こういった場合はどのように解決していくのがそれぞれが納得する方法なのでしょうか?


不動産の評価は一般的に4つの評価額が使われる

不動産を公平に分ける前に、まず不動産の評価額を知る必要があります。
評価額というのは、この住宅はこれくらいの価値があるのか?ということです。

では、不動産の評価額はどのようにして算出されるのか?ということですが、目安として使われているものは4つあります。

1つ目は実勢価格、つまり市場の取引価格です。
2つ目は地価公示価格で国土交通省が毎年1月1日現在の価格を3月に公表しているものです。
3つ目が路線価で、相続税の評価額になります。こちらは国税庁が毎年1月1日現在で評価した価格を7月1日に公表しています。
4つ目が固定資産税評価額で土地や建物などの固定資産に対して、固定資産評価基準に基づいて算出されたmので、3年毎に評価替えが行われます。

相続税の評価は3つ目の路線価で行われますが、実際に土地と建物がどれくらいの価値になるのか?は上記のように様々な尺度があることから、断定が出来ないのがもどかしいところです。

不動産を分けることの困難さ

では、この兄弟三人で不動産つまり、実家の土地と建物を分けることを考えていくわけですが、法定相続分通り3分割、3等分すればいいのか?ではその場合は土地も、建物も3分割すればいいのか?ということになりますが、ここでひとつ大きな問題が出てきます。

それは、長兄の茂樹が今後も実家に住み続けようと考えていることです。

実際、母親が病気になった時に長兄の茂樹は実家に同居するようになり、亡くなるまでの短い期間でしたが、母親の面倒を診ていました。そのために仕事先も、実家から通える場所に転職しました。このことからも、茂樹からすれば生活がかかっているのです。例えば、実家を3分割出来ないからと売却してしまうことはどうしても避けたいのです。

この状況での解決策のひとつとしては、長兄が亡くなった母親と同居していわけですから、小規模宅地等の特例が適用されて、実家の評価額が330㎡まで8割減になり、預貯金額を考えると相続税がかからない可能性があります。

後は、実家の土地建物を前述した4つの評価額のうち、健太と晃が納得する評価額を算出し、それを3等分した金額を二人にそれぞれ支払うといった形が理想的な解決策だと考えられます。

ただ、この解決策は長兄の茂樹がそれだけの額を支払える預貯金を保有していることが前提になりますが。

これらのことから、様々な視点で考ても、不動産を分けるということがどれだけ難しいことかが分かります。

■相続・不動産でお悩みの方の相談窓口

三茶萬相談:https://sanchay.jp/


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