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天狗にさらわれた少年

『天狗にさらわれた少年』平田篤胤著 角川ソフィア文庫

江戸後期の国学者であった平田篤胤の記した『仙境異聞』の抄訳が本書『天狗にさらわれた少年』です。

天狗にさらわれたとありますが、実際に読んでみると、不思議な老人にいざなわれ、天狗や魑魅魍魎が暮らす仙界で暮らしていたという少年、寅吉の語る異世界での体験記であり、おどろおどろしさよりも、どこかほのぼのとしたところがあり、好ましく読み進めていきました。

寅吉は7歳の時より寅吉を仙界にいざなった老人や兄弟子たちと仙術の修行に励んでいたとのことですが、平田篤胤が寅吉にあったのは寅吉、15歳の時のことで、しばらく、篤胤の屋敷に逗留し、仙界での暮らしを篤胤に語っております。

話をきく平田篤胤は当代一級の知識人であり、国学や神道だけでなく、仏教・儒教・道教・蘭学・キリスト教などの様々な宗教にも通じ、西洋医学、ラテン語、暦学・易学・軍学などにも精通していたそうです。

ただ、本書を読む限りでは、寅吉の語る仙界での荒唐無稽な体験を平田篤胤は疑うことなく、事実であらんと記していましたが、現代に生きる我々からみると「おいおい、篤胤さん、大丈夫ですか」と思わずつっこみを入れたくなる珍エピソード、オカルティックな出来事のオンパレードで、どれだけ知識があろうと、人は見たいものしか見ない習性はぬぐえないものなのだなあと改めて感じ入りました。

また、だからといって平田篤胤の功績や思想が損なわれたかというと、そんなことは一切なく、今後も氏の残した著作にあたっていこうと考えています。

しかし、天狗小僧と呼ばれた寅吉ですが、天真爛漫でその語り口に邪気はなく、本書を読む限り、嘘をついているようには全く思えませんでした。

大人たちの声も耳にはいらないほど、お気に入りの笛を吹きならすことに夢中になっていたりと、自分の好きな寅吉のエピソードの一つがあるのですが、本当に可愛げのある少年で、平田篤胤も本当に寅吉のことが可愛くてしょうがなかったのではと思った次第です。

さて、当代一級の知識人たちがオカルト、神秘思想に傾倒することは、現代においても、まま、あることですが、こういった現象がなぜ、起こるのかいつも不思議に感じております。

ただ、我々からすると一見、虚ばかりに見える出来事の中にも実が潜んでおり、その真実が非常な魅力をもっているが故に、他の虚像も真実に見えてしまうといったことがあるのかもしれません。

寅吉の語る仙界の話は平田篤胤にとって、大変な魅力をもったものだったのでしょう。

また、寅吉自身も大変、魅力的な少年だったと思われます。

篤胤のもとを去った寅吉はその後、成人し、僧侶や医師になったとも言われていますが、事実は定かでありません。

個人的な願いをいえば、寅吉の語る仙界へと戻り、修行を再開し、仙人となっていてくれればなあという思いがあるのも事実です。

実は私も篤胤同様、以前より、神仙の世界に強い憧れを持つ一人でもあるからです。

以下、類書を挙げさせていただきますので、興味のある方は是非、ご一読を!


『オカルト 現れるモノ、隠れるモノ、見たいモノ』 (角川文庫) 森達也
超能力少年と名をはせた清田益章氏をはじめとし、スピリチュアル界の住人をドキュメンタリー監督の森達也が追ったノンフィクション。

『河童の三平』(ちくま文庫』水木しげる 
元祖・異世界探訪記。鬼太郎でもなく、悪魔くんでもなく、水木しげるの最高傑作ではないでしょうか。

花と火の帝 (日経文芸文庫) 隆慶一郎
最も好きな作家である隆慶一郎氏の遺作です。
幼少時に天狗に連れ去られた少年、岩助が「天皇の隠密」として様々な刺客から後水尾天皇を守護する時代小説となります。


敷島の 大和心を 人問はば 朝日に匂ふ 山桜花  (本居宣長)






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