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江戸の本屋さん

『江戸の本屋さん』今田洋三  2009年刊 平凡社

本書、1977年に日本放送出版により刊行された書の復刊となっています。

著者は近世文化史の専門家で、本書では近世の文化を支えた江戸の本屋の成り立ちをおい、出版業の歴史的展開について記しております。

井原西鶴や滝沢馬琴を始め江戸時代のベストセラーとなった出版物の多くは現代もなお、目にすることは可能ですが、当時の本屋や出版業を営む市井の人々の暮らしの記録に関しては殆んど資料は残されておらず、時に著者は本屋の主の生没年を明らかにするため、菩提寺を探し出し、過去帳をあたったり、墓誌銘をさかのぼったりしています。

また、江戸時代に刊行された膨大な随筆や文人の日記を読み漁り、その中から江戸時代の本屋の名前や逸話を拾い集めてもいたようでした。

また、江戸だけでなく、京都や大阪の出版業についても記されております。

なお、日本の出版業は江戸ではなく、京都で始まり、次いで大阪、江戸はその後とのことでした。

これは能・茶など庶民文化の担い手であった京都の裕福な商工業者、町衆の存在によるところが大きいとされています。

また、江戸に進出してきた京都、大阪の上方書店と地元江戸の書物組合の対立・抗争などについても記載されており、どの時代も企業間の競争は避けられないのだなあと興味深くもありました。

印刷という技術は江戸時代以前よりあったのですが、殆んどの書物は写本といい、手書きで複製されたものであり、特権階級のみが手にすることが出来る貴重品でした。

しかし、印刷技術の発展と本屋による販売という経済活動が加わることにより、本の流通が一気に広がりをみせ、今まで本を手にすることのできなかった庶民にまで行きわたったことが、江戸時代の文化的成熟を生んだとのことでした。

こうした江戸時代の本屋はただ、たんに本を売るだけでなく、出版から流通、ひいては新刊の企画までおこない、今でいう出版社の機能まで持っておりました。

当時、何か事件があれば、即座にその内容をとり扱かった刊行物を出版していたことからも、新聞社としての機能も持ち合わせていたといってもよいでしょう。

そんな江戸時代の庶民文化を牽引し、隆盛を誇った江戸の出版業ですが、明治時代の近代化の波には勝てず、あっという間に衰退していきます。

これは従来の木版印刷から明治よりスタンダートとなる金属版を使用した活版印刷への切り替えへの立ち遅れと、また、新たな活版印刷によって毎日、発行されるようなった新聞にそのシェアを大きく奪われた結果とされていました。

これは現代においても、インターネットやデジタル機器の発達に伴い、新聞社、出版社、最近ではTV局までも斜陽化していることと同様のことかと思えます。

今後、本を取り巻く環境がどのように変化していくか、分かりませんが、愛書家の1人として、その変遷を興味深く、見守っていきたいと考えます。

本書、専門性の高い内容のため、万人にお勧めするものではありませんが、出版文化、江戸文化に興味のある方、宜しければご覧下さい。

「物はとかく時節をまたねば願うことも成就せず短慮は功をなさず」曲亭馬琴












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