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トラとカラスと絢子の夢

『トラとカラスと絢子の夢』紀里谷和明 2009年5月刊 幻冬舎

「火垂るの墓」「二十四の瞳」「野火」をはじめとし、心に残る戦争文学は幾つもありますが、本日、8月15日に手に取り読んだのは『トラとカラスと絢子の夢』でした。

本書、帝国陸軍の大佐であった棚橋 真作(たなはし しんさく、1894年3月7日 - 1946年2月13日)の次女、絢子の視点で描かれた戦中、戦後の物語となっております。

絢子の父である棚橋真作は優秀な将官として、戦中、数々の武勲を挙げただけでなく、当時の軍人の中では大変、珍しく軍上層部からの無謀な玉砕指令に対し、従うことをよしとせず、独断で退却を決意し、生き残っていた部下たちの命を救った気骨ある人物であったとのことです。

部下たちからの人望も大変あつく、終戦後も復員兵や引揚者の援助に奔走し、終戦より半年たった昭和21年2月13日に自刃し、静かに今生を去ります。

その父と絢子が僅かに一緒に暮らした日々と絢子の見た夢が本書の主な内容となっていました。

絢子の見た夢は決して面白、楽しいものではなく、哀しく、恐ろしい夢ばかりでしたが、本書を通じて、一番、心を揺さぶられたのはこの物語にでてくる人たちの優しさと強さでした。

絢子の父だけでなく、母やその兄弟、父の部下であった人々が垣間見せる、強さや優しさに心打たれました。

そして、絢子の強さにもです。

父の亡き後、絢子は誓います。

「強くなると。強くなって、この悲しみの分だけ母を幸せにすると」

また、絢子の父が家族のもとより、去る際に残した言葉も忘れられません。

「お前たちの父は恥ずかしいとことをしてこの世を去るのではない。未来の日本人はわかってくれる」と。

終戦より75年、未来の日本に生きる自分ですが、絢子の父の思いをしかと受け止め、生きてゆかねばと改めて思いました。

かような先人たちの存在があり、現在の我々の平和があると考えるからです。

当時の人たちと同じような戦争の悲惨さ、平和の尊さを感じることはとても難しのですが、先人の言葉に耳を傾け、その想いに胸を馳せてゆこうと思います。

そして、絢子やその家族らより感じた強さ、優しさを少しでも自分の中で、育んでいけたらと願いました。

本書、強さと優しさ、そして悲しみに満ちた美しい物語です。

また、この美しさにこそ平和を築くヒントがある気がしてなりませんでした。


「国破れ何の命ぞたらちねの弓矢の道を我は行くなり」棚橋真作









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