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わが柔道

『わが柔道』木村政彦 ベースボール・マガジン社 1985年1月刊

不世出の柔道家、木村政彦を知るには増田俊也著『木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか』(新潮社)で十分と思っていたのですが、本書、偶々、見つけ手に取ったことろ、『木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか』とはまた、違った面白さに満ち満ちており、満足の一冊でした。

なんといっても木村政彦自身が自分の半生を語っているのだから、面白くないわけがないのですが、あまりにも若き日の自らの破天荒な行為を赤裸々に語っているので、仰天してしまいました。

戦後の用心棒時代の艶話から奥様との初夜のエピソード、キャバレー経営者時代の逸話など、家族もきっとこの自伝を見るであろうに、自身の下半身事情を天真爛漫に語る木村政彦の度量の大きさには多くの人がノックアウトされるのではないでしょうか。

また、食に関わる印象的なエピソードも多数あり、大学時代、お腹がすくと仲間たちと誰かの飼い犬をさらってきて、犬鍋にしてたべてしまったとか、自分の大便をみそ汁に混ぜ、仲間に喰わせたという逸話は有名ですが、本人の口から語られるとなるとその臨場感は別格です。

他、プロレスラーとして海外巡業中には宿泊先のホテルの窓の外で鳴いている鳩をムズと捕まえ、塩焼きにして、酒の肴にしていたことも語っており、最高でした。

もう本当に豪快、豪傑以外の何ものでもない木村政彦ですが、それだけではなく、粘り強さや闘争心を養う上でも、試合前には必ず、吉川英治やパール・バックの小説を読んでいたなど野生と知性を両に磨き続けていた姿にもシビれてしまいました。

木村政彦といえば、その言である「三倍努力」があまりにも有名ですが、ただ他人の3倍の練習を積むというだけではなく、柔道の技について誰よりも考え、工夫を重ね、試行錯誤していた時間も人の3倍以上だったのだなあと嘆息です。

また、後年の学生たちへの指導にあたり、「殴る」という行為に対しても木村節は健在で、世が世なら一発アウトの体罰も木村政彦が語ると悲壮感や暴力性などはあまり感じず、木村自身の殴るという行為への逡巡も赤裸々に語られており、人間的魅力を感じずにはいられませんでした。

本書、木村政彦が生涯を捧げた柔道に関して、ページのほとんどがさかれていましたが、何故か印象に残ったのは柔道とはあまり関係のない木村自身の私生活の姿が垣間見えた場面でした。

柔道を知らない人でも十二分に楽しめるのではないでしょうか。

木村政彦という偉大な柔道家を多くの知ってもらいたいと念じてやみません。

「たとえ悪いことであっても、心に残った者は大切にしたい。それが多ければ多いほど、悩みは深く苦しみも大きいだろう。しかし、悩みが深ければ深いほど、苦しみが大きければ大きいほど、完成への希望に胸が弾むものである」 木村政彦



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