見出し画像

『天翔(あまかけ)る白鳥』ピアノ講師・高岡紀美子エッセイ作品

「倭(やまと)は/国のまほろば/たたなづく/青垣/山ごもれる/倭しうるわし」と、故郷に想いを馳せながら、息絶える勇者ヤマトタケル。古事記に登場するヤマトタケルは、父・景行天皇に見捨てられた悲運の皇子として描かれている。父の命令によって東征の旅に出た彼は、帰路、伊吹山の神と対決し、敗北する。故郷を目前に、力尽きる肉体。「…無念」。やがて、彼の魂は白鳥となって、天高く舞い上がり、遠い異次元の空間へ吸い込まれてゆく。

                                   🎶

 ギリシア神話。海神の息子であるキュクノスは、槍にも剣にも殺傷されない肉体を持っていた。トロイ戦争に参加した彼は、ギリシアの英雄アキレスと戦う。「私は不死身だ」と叫ぶキュクノス。が、勝利はアキレスにあった。楯で押さえつけられ、キュクノスは窒息して絶命する。…と、キュクノスの体が煙のように消え、突然、大きな白鳥が羽ばたきながら舞い上がった。大空へ…。トロイの戦場に感嘆のどよめきが響く。白鳥に化身したキュクノスは、やがて、夜空にきらめく星座となり、時を超えて飛翔する。

                                 🎶

 聖なる霊魂が白鳥となって大空を飛んでゆく。それは、人の世を超えた新たな世界への転生なのかもしれない。現代科学における時間と空間の概念ではとらえられない、全く別の世界が本当にあるのなら、私たちもいつか白鳥になって天を舞い、喜びをもって異次元の宇宙へ帰っていこうではないか。すべての生命は母なる宇宙から生まれたのだから…。


1998年1月26日 岐阜新聞掲載

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?