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いま世界でもっとも聴かれているアルバムについて思うこと

KKV Neighborhood #29 Disc Review - 2020.08.03
Taylor Swift『folklore』(Republic / Universal Music)
review by 与田太郎

テイラー・スウィフトの8枚目のアルバムが突如リリースされた。なんとプロデューサーにナショナルのアーロン・デズナーを迎え、ボン・イヴェールがゲストに参加している。リリースされてからまだ10日あまりだが世界中のチャートに1位で初登場、Spotifyでは女性アーティストにおける初日の再生記録数を更新と今年最大の話題作となった。

それもそうかもしれない。僕ですらナショナルとボン・イヴェールのメンバーが参加していると聞けば聴かないわけにはいかないからだ。最初に通して聴いた時、語りかけてくるような落ち着いたトーンはジャケットのイメージとも相まって予想通りのいいアルバムだと思ったし、これまでの彼女のイメージを刷新したかったのだろうか、などと考えていた。が、そのすぐ後、今度はヘッドフォンで聴いてみたところ、まったく印象が違った。こちらが勝手にイメージしていた内省的な物語や、世界に対する不安みたいなものは一切なく、テイラー・スウィフトという等身大の女性の素直な歌がそこにあった。

このアルバムでも彼女はこれまでと同じように飾らぬ自身の心を歌い、嘘のない気持ちを語りかけてくる。全体の落ち着いたサウンドとは裏腹に、伝わってくるのはこれまでの作品と同じように彼女の溌剌とした思いだった。僕はすぐにほとんど聴いたことのなかった彼女の代表曲をいくつかチェックして、今作と全く同じように等身大の彼女の声が伝わってきたことに納得してしまった。

アメリカのポップ・シーンで10代からトップを走り続けてきたアーティストが8作目でもパーソナルな響きを失っていないことは驚くべきことだが、しかしここ数年のアメリカのチャートで大きな話題となるアーティストはみな一様にシリアスだし、これだけSNSが発達した現代でポップ・スターというキャラクターを作ろうとしても、それが作られたものであればリスナーは簡単に見破るだろう。そう考えると、今作はテイラーのファンにとってのインディーやオルタナティブの入り口になるのではなく、インディー、オルタナティブに閉じこもってしまったリスナーを引っ張り出す作品となるだろう、もちろん僕も見事に釣り出されてしまった。

コロナによる世界の混沌とした状況の中、とくに混乱いちじるしいアメリカではトップ・アーティストはみなそれぞれの立場を明白にしなければならない。女性アーティスト達も日々自分の意思の表明や意見を求められるだろう、テイラーの振る舞いはビヨンセやアリシア・キーズのあり方と比べても充分に説得力があるし正直なものだと思う。このアルバムはいちリスナーにそんなところまで考えさせる力があった。もちろんテイラーのファンにとってはいまさらな意見だろうが、今作がいま世界でもっとも聴かれているアルバムだという事実はとても意味深いと思う。

最後に、このアルバムを繰り返し聴いていて、この感じはどこかで聴いたことがあると気になっていたんだけど、ようやく気がついた。この感じはリサ・ローブの『Tails』だ、どちらも素直な気持ちで語りかけてくる。

与田太郎
https://twitter.com/YODATARO
https://note.com/wonder1991go

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