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ブレイディみかこ『ワイルドサイドをほっつき歩け ハマータウンのおっさんたち』レビュー  抱きしめたい~イギリスのおっさんたちのぬくもりと抵抗~

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KKKKV Neighborhood #17 Book Review - 2020.06.10

ブレイディみかこ「ワイルドサイドをほっつき歩け ハマータウンのおっさんたち」(筑摩書房)
review by 小野寺伝助

ブレイディみかこは前著「ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー」(2019年)にて〈エンパシー〉という言葉を紹介し、自分とはちがう立場の他者を想像する能力の必要性を説いた。国籍、人種、政治信条、性別。分断ばかりが進む現代において、エンパシーはとても重要だと痛感し、私は自分なりにエンパシーを高める努力をしてきたつもりでいた。が、ブレイディみかこの新著「ワイルドサイドをほっつき歩け ハマータウンのおっさんたち」を読んで、自分のなかで〈ある対象〉へのエンパシーが著しく欠けていたことに気付かされた。

その対象とは、中高年の男性、つまりおっさんである。

端的に言って、私はおっさんが苦手だ。苦手というか、嫌いだ。

(と言いつつ私も三十代半ばのおっさんではあるが、ここでいうおっさんの定義は六十代以上の引退した世代とさせていただきたい)

なぜ私がおっさんのことを嫌うかといえば、いくつか理由がある。まず、〈なんて生きづらい世の中を築いてくれやがって〉という自分の怒りの根源である、このクソみたいな世界を作り出した当事者というイメージがある。高度経済成長を支えたのは家父長制という男性中心的な仕組みと体育会系的なマッチョ思想で、そんな昭和な価値観がバブル崩壊後もゾンビの様に蔓延って社会の生きづらさを生み出していると、サラリーマンの私は痛感する。

次に「あいつらは得して、俺たちは損している」というおっさん世代に対する憎しみに似た被害者意識。彼等は高度経済成長の甘い蜜を吸ってバブル経済を崩壊に導き、負の遺産を残したまま引退し、悠々自適の生活へ。かたや一方、物心ついたときから不景気が続く我々世代は、少ない収入にも関わらずおっさん世代を養うための高い年金を支払う。そんなんおかしいやろ、と思わずにはいられない。これ以外にも個人的な恨み辛みも合わさって、私はおっさんが嫌いだ。

それ故に、電車の中で鼻糞をほじっているおっさんを見れば〈不潔。コレだからおっさんは困るぜ〉と軽蔑し、駅のホームでゲロを撒き散らす泥酔したおっさんを見れば〈おいおい頼むぜおっさん〉と白い目を向ける。自分だって家じゃ鼻糞をほじるし、そこら中に泥酔してゲロを撒き散らしてきたのに、だ。

「ワイルドサイドをほっつき歩け ハマータウンのおっさんたち」は、イギリス在住のブレイディみかこの夫とその友人たち、つまりイギリスのおっさんたちの日常を描いたエッセイである。

イギリスといえば、2016年にEU離脱の国民投票で離脱派が勝って世界を驚かせた。そのEU離脱を支持したのは排外的で愛国主義のレイシストなおっさんというイメージで、遠い異国でも保守のおっさんVSリベラルな若者の対立構造があるのだなぁと感じ、私はイギリスのおっさんに対してまでも勝手に嫌悪感を抱いていた。

本書で描かれるおっさんたちは、まさにそのEU離脱に投票したイギリスのおっさんたちであるのだが、読後、私はおっさんたちを全員抱きしめたくなった。おっさんたちと一緒にパブで酒を飲んで、尻を出して踊りたいと思った。

本書で描かれるおっさんたちはとても愛おしい。EU離脱派に投票したおっさん達は、街で中国人移民に対する差別から彼等を守るべくパトロール隊を結成したり、冬空のもと凍えているホームレスの青年を自宅に保護してまんまと金品を盗まれたり、排外的なレイシストではなく人間味溢れる心優しいおっさん達だったのだ。EU離脱に投票したその一票の裏には、人生の悲喜こもごもや葛藤がたくさん詰まっていた。

そして、私は猛烈に反省した。社会学者の岸政彦は著書「断片的なものの社会学」(2015年)のなかで、ある集団のことを一般化して全体化することはひとつの暴力だと言っていて、私はその通りだと思っていた。例えば、〈中国人は民度が低い〉とか〈黒人は暴力的だ〉とか〈女性は女性らしく〉とか、国籍や人種や性別を一括りにして全体化して語るのは差別に他ならないし、個を見る眼差しを捨て、特定の集団を一括りにして捉える眼差しの見据える先にあるのは戦争だとさえ思っている。

それなのに。私は中高年の男性を〈おっさん〉という一括りに全体化して、無意識に嫌悪感を抱いていた。何も知らずに、EU離脱に投票したおっさんを排外主義のレイシストだと思っていた。

ブレイディみかこは本書の中でこう言っている。

「自分より得をしている気がする者」を全力でぶっ叩きたくなるのが緊縮時代の人々のマインドセットだとすれば、そのターゲットは外国人にも生活保護受給者にもシングルマザーにもなり得るのであって、「いい時代を生きたベビー・ブーマー世代」もその一つの形態に過ぎない。(P.221)

なるほど。私は分断を嘆いていながら、ちゃっかり分断を生む思考をしていたのだ。ブレイディみかこのエンパシー力というか、個を見る眼差しは素晴らしい。世の中の差別を根絶するために、身勝手なエンパシーで満足せず、自分の中にある差別や分断を生む心にも向き合いたい。

そう思って、私が世界で一番嫌いなおっさんがインスタに公開した日常の様子を改めて見てみたのだが、星野源の楽曲に合わせて死んだ表情で犬を撫でたり紅茶啜ったりリモコンを操ったりする姿にやはりムカついた。当然、いいおっさんもいればクソみたいなおっさんもいる、よな。

そして、漏れなく我々世代もおっさん(おばはん)になってゆくのだが、年を取るのも悪くねぇなと本書を読んでポジティブに思った。

小野寺伝助 (地下BOOKS / v/acation /ffeeco woman / haus)
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