見出し画像

SLANT『1집』 ライブという現場に戻りたくなる衝動を刺激する一枚

KKV Neighborhood #78 Disc Review - 2021.03.17
 SLANT『1집』(IRON LUNG LUNGS-174)
review by 長谷川文彦

韓国のハードコアパンクバンド、SLANTのファースト・アルバムがリリースとなった。2019年の日本ツアーでライブを観てからというもの、ちゃんとまとまった音源が聴きたくてしょうがなくて「アルバム出ねーかなー」とずっと持っていたのだ。シングルやデモ音源など聴けるものはすべて漁ってきたが、やっぱりアルバムのボリュームで聴きたかった。昨年リリースされたシングルのタイトルが『Upcoming LP』だったので間違いなくアルバムを準備しているなと思っていたけど、順調にリリースとなって嬉しい。このご時勢、いろいろなことが延期になりがちだからね。

音の方は予想通りというか、期待以上の切れ味抜群の極上のハードコア。ニュースクール的に重量感たっぷりに押し込んでくるタイプではなく、独特の躍動感とフットワークの軽さとスピード感でこちらを圧倒してくる。10曲で17分の潔さがまたなんともよくって、あっという間に終わってしまう感じがいかにもパンクで素敵だ。この躍動感とスピード感の正体はリフの切れ味のよさとか曲構成の巧みさとか変にドコドコしないドラムとかなんだと思うけど、パンク好きのツボを確実に突いてくると思う。
こういうカッコよさってNO NO NOやYALLAやCRUNKなどの日本なパンクバンドと確実にシンクロしている。間もなくリリースされるNO NO NOのアルバム(『NO NO NO』)と、4月に発売予定のCRUNKのシングル(『DEMO 01』/Bandcampではすでにリリース済)と併せて聴いてもらえるととても嬉しいと思う。


しかし、SLANTもNO NO NOもYALLAもCRUNKも経血もKRIMEWATCHもみんな女性ボーカルだ。自分はオーディエンス側の人間なので内実はわからないけど、ライブハウスというシーンはジェンダーに関してフェアな場所なのではないかと思っているし、そうあってほしいという希望を持っている。

最近ようやくライブハウスに行くようになった。もちろん元通りではない。感染対策をどのハコもきちんとやっていて、なおかつ入場人数を制限しマスク着用は常識、騒いだり暴れたりすることも厳禁、ステージ前方は立入禁止になっていることもある。モッシュピットなんて夢のまた夢である。
1年前にライブハウスで複数のコロナ感染者が出たり、まだ感染者が少なかった時期に感染者の行動履歴に「ライブハウスに出入りした」ということがあったりして、ライブハウスはかなり叩かれた。そんなことがあったせいもあり、現場はまだまだ慎重だ。世間的にもまだ浮かれ騒いでいい空気感ではないし、緊急事態宣言が解除されようがされまいがすぐに元通りといかないことは理解はしている。
ただ、制約はまだあるけれど、それでもとにかくなんとか現場に戻ってこれたということ、また爆音を浴びることができるようになってきたことは心底嬉しいと思う。

でもこういう優れたパンクの音源を聴いてしまうと、やっぱり思いっきり心置きなくライブを観れるようになりたいと思ってしまうよね。それが遠い未来でないことを祈っているし、変に「ニューノーマル」なんて言葉に巻き取られてあるべき姿が変わってしまわないことも願っている。この一年で音楽への接し方は変わっただろうか。配信で満足という人もいるかも知れない。でもそうではない人間もいるのだ。
SLANTのこのアルバムはそういう人たちのためのものである。なんとして自分たちの現場をこの手に取り戻したい、そういう衝動にも似た願いを自分が変わらず持っていることを改めて確認できる一枚だと思う。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?