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この本の出版はひとつの快挙だと本気で思う-『数学ガールの秘密ノート/学ぶための対話』



あなたは数学が好きですか。

数学に限らず、学校の勉強が好きですか。好きでしたか。

これまでの人生で「なにかを学ぶこと」に喜びを感じたことはありますか。

「理解すること、"意味がわかる"ことって楽しい!」と思った経験はありますか。


──お答えいただきありがとうございます。これから紹介するのは、あなたにとってかけがえのない1冊になるであろう本です。

その本は『数学ガールの秘密ノート/学ぶための対話』
つい数日前に発売されたばかりの本です。

タイトルに「数学」とありますが、実は、数学についての本ではありません
わたしはあなたに数学を勉強してほしくてこのnoteを書いているのではありません

この本のテーマはズバリ「対話」です。
ですので、もしもあなたが日常生活のなかで誰かと対話する機会があるのならば──そうでない人は滅多にいないと思いますが──ぜひ読んでほしいです。



本書は「数学ガールの秘密ノート」シリーズの12冊目ですが、この巻から読んでもまったく問題ありません。それどころか、まずこの本から読むべきであるとさえ思います。

その理由は、本巻で初登場の新キャラクター「ノナ」という中学生の少女の存在にあります。

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(p.2より引用)

「数学ガール」では固定された数人のメンバーで数学トークをしていくため、そもそも新キャラクターが登場することじたいが愛読者にとって大事件でした。

ただでさえ大事件なのに、ノナちゃんのキャラクター性にわたしは度肝を抜かれました。彼女は数学がとっても苦手なのです。

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(pp.4-5)

このような「勉強を物語形式で学んでいく」本において、いわゆる「生徒役」として勉強が苦手なキャラクターが設定されることは珍しくありません。王道といっていいでしょう。

しかしノナちゃんは単なる典型に収まらない、一癖も二癖もある子なのです。

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(pp.8-9)

ノナちゃんのことを「本当に数学が苦手な」子だといいましたが、むしろ彼女は他人から何かを教わることに慣れていない、あるいは「学ぶ」とはどういうことかを知らないだけなのかもしれない、と徐々に明らかになってゆきます。

これは「わたしは数学が苦手だ」「勉強は苦手だ」と思っている全てのひとに当てはまるのではないでしょうか。

ノナちゃんはことあるごとに「これは覚えますか」「暗記しますか」また「わたしの言ったことは当たってますか」「まちがいですか…?」と尋ねます。

これはつまり、ノナちゃんは勉強を

「正解」を出して、試験で良い点をとらなくてはいけない。もし出来が悪かったら周りの人から怒られる。それが怖いから、なんとかして「正しい答え」を出せるようにしなければならない。ちっとも楽しくないけど、苦しいけど、叱られるのが嫌だから必死にやらなくちゃいけない

ものだと思っていることが窺えます。

このような考えを持ってしまっているノナちゃんは、とても不幸です。ですが現実に目を向けてみれば、同じような考えの人はそこら中にいます。いまこの瞬間も、ノナちゃんが日本中、いや世界中で生み出され続けています。

ノナちゃんや多くの人が勉強に対してこのような考えを抱いてしまうのは、周りの環境──学校教育やその教師、親、塾の先生など──によるところが大きいと思われます。しかし、本書がすばらしいのは、そうした「大人」や「教育制度」への批判に向かわないところにあります。

「僕」が点と座標の関係について熱心に教えているときに、ノナちゃんはふと「点の色」について気になってしまい、「僕」の話しを聞き流してしまいます。

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(p.29)

このシーンの他にも、ノナちゃんはのびのび勉強できる環境に恵まれていなかったことが窺える描写があちこちにあります。母親に「この子は馬鹿じゃないの!」と叱られたトラウマも持っているようです。

しかし『数学ガール』では、「自分が勉強を嫌いになったのはあんたたちのせいだ」と周りの大人たちに責任を押し付けることは決してしません。

なぜなら「わたし」の学びにとって、そうした他者批判は意味がないからです。

自分以外の人を非難するよりまず、目の前にある「自分の学び」に集中すること──その大切さ、素晴らしさを、本書ではノナちゃんと「僕」との対話のなかでとても丁寧に、優しく伝えてくれます。

「勉強」は、「学び」は、誰かに強制されてイヤイヤするものではありません。たしかに現実では、教育という制度があって、他者から押し付けられる形で学ぶことを余儀なくされている人はたくさんいます。

でも、本質的に「学び」とは自分のためにやること、自分本位の行為です。それも、試験で良い点をとるためとか、いい学校や会社に入るためにするのではなく、ただ「理解するため」にやるのだということ。

試験や進路のための勉強がダメだといっているのではありません。でも本来は、そうした外部の目的がなくても、勉強は、何かを理解することはとっても楽しいのです。そのことを、これほど真摯に伝えてくれる本をわたしは他に知りません。

他人の顔色を窺って怯えるように数学とつきあってきたノナちゃんが、《自分が自分自身の最高の先生になる》ことを「僕」から提案されて、ひとりでおそるおそる、でも着実に学び始める様子には、何度読んでも胸を打たれます。
学びという広大な世界へと歩き出す姿を見て、「自分の学び」になかなか集中できない我々もまた、励まされるのです。


また本書では、単に「勉強って楽しいよ」という楽観だけでなく、学ぶことの難しさや奥深さ、それから人に教えることの難しさや、人とコミュニケーションをとることの本質的な困難についても、真正面から向き合って描いています。その役割は本書では「僕」が担っています。

実はこの本は、ノナちゃんが1人で学び始めるようになる物語であると同時に、彼女に必死に教えようとする「僕」の成長物語でもあるのです。

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(p.10)

勉強に苦手意識を持つノナとの対話のなかで、「僕」はこれまで気付いていなかった自分の教えるときの悪い癖、欠点を自覚します。

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(p.15)

これまで対話してきたどんな少女とも違った反応をみせるノナちゃんに「僕」はひどく困惑します。「目の前にいるこの子が何を考えているのか、何に悩んでいるのかがわからない」…それを対話のなかで探っていくことの難しさに直面します。

自分の知らなかった欠点やこれまでにない困難に対してどう向き合い、どう克服していくのか。こうして、本作では「僕」も「教え手」として物語のなかで成長していきます。

だから、本書は決して「数学や勉強が苦手なひと」だけに向けた物語ではなく、「他人にものを教えることがあるひと」「誰かと対話をする機会のあるひと」それら全てのひとのためのバイブルであり、讃歌なのです。

間違うこと、間違って怒られることが怖いノナちゃんの目線で読むもよし。
ノナちゃんに対して懇切丁寧に「学ぶことの面白さ」を伝えようとする「僕」の目線で「自分ならこう教えるな」と読むもよし。

この2人の関係は、対話を進めていくなかで、次第に「教える側」─「教わる側」という一方的な関係から変化していきます。

それは元々教える側であったはずの「僕」がノナから多くのことを教わるからであり、また「対話」というのが元来、両者の目線を合わせて、相互理解を目指す営みであることに気付いてゆくからでもあります。


「学ぶための対話」…このテーマを真正面から扱うことの難しさは、これまで扱ってきたどんな高度な数学の理論と比べても、ずば抜けたものがあったでしょう。

しかし「学ぶための対話」というのは、この『数学ガール』シリーズが最初から、12年間ずーっと大切に描き続けてきたことでもあるのです。

『数学ガール』では、登場人物たちの対話によって数学の物語が紡がれます。いわば「表テーマ」の数学的内容に対して、「学ぶための対話」は全ての巻で通奏低音のように紡がれてきた「裏テーマ」であり、ある意味「真のテーマ」とも言えるでしょう。

これまでの数学ガールでは、「数学」という目的のために「対話」という手段がとられていました。

だからこそ、ここで満を持して「学ぶための対話」が正式なタイトルとなり、ノナちゃんという数学ガールの真髄を結集させたようなキャラクターが新登場して、1冊まるまる「学ぶための対話」についての対話が描かれたことは、シリーズの集大成であり、大きな節目だと思うのです。

本作ではシリーズで初めて、「対話」という目的のために「数学」という手段が用いられているのです。


この本の凄さは単に『数学ガール』シリーズの文脈だけには留まりません。

本書で描かれていることがらは全て、誰しもが生きていく上でぶつかることのある、真に普遍的なトピックです。しかしながら、それらについて真摯に扱った文章が、多くの一般のひとの目に触れる本になることは滅多にありませんでした。

教育学やコミュニケーションを扱う分野など、専門的な研究はそれぞれされているとは思います。しかし、万人に読みやすい形で、しかも本質がごまかさずにまとめられることはおよそ実現不可能だったと言えるでしょう。

それが、こうして活字となって物理的な「本」という形をとって出版されたこと。この快挙の重要性は、出版業界・教育業界・数学業界にとどまらず、もっともっと多くのひとに知られてしかるべきだと思っています。

だって、現代社会において、他者と対話することが全く無いひとなどいないし、また「教育」や「学び」に一切関わらない人生もありえないし、誰しもの心のなかに「ノナちゃん」そして「僕」は存在しているのですから。



さて、『数学ガールの秘密ノート/学ぶための対話』について語りたいことはまだまだあります。書きたいこと、本当に感動したことの1割も伝えきれていません。

例えば1章の最後でノナちゃんが「アイディアを理解するってどういうこと?」という疑問を投げかけます。「〇〇を理解しているか否か」を判断するための、絶対的な基準は果たしてあるのでしょうか。これは、昨今ブームにもなっている「人工知能(AI)」とも繋がる話題です。

本書で語られる話題はこのように、より広く深い「学び」への入り口となります。

この本に完全に無関係なひとなど、この世にはひとりもいません。だから、わたしは他でもないあなたに向けて、このnoteを書きました。あなたが本書を読んでくれることを、そして多くの学びをこの本から得られることを、心から願います。


さて、

実は本書の第1章(55ページ分)が丸ごと今すぐ読めます!

もちろん無料。登録なども一切不要です

このnoteで使わせていただいた画像は全て、上記の第1章の部分のものです。ノナちゃんとの最初の対話を描いたこの章を読むだけでも、本書の素晴らしさは十分に伝わると思うので、ぜひともお時間のあるときに目を通していただきたいです。

このnoteを書いた目的は、上の第1章を1人でも多くの人に試し読みしてほしいから、それに尽きます。どうかよろしくお願いします。

それでは。



本書の公式サイト

本書のAmazonページ

『数学ガール』シリーズの公式サイト

作者である結城先生のツイッター

note上の数学ガール公式ページ



【これまでに書いた数学ガールnote】



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