黒の捜査線08~11


08 過去と始まり④


 俺が窓を確認しようと思ったその時、突如この階にあったパソコン全てに何かが映し出された。

 そこに映し出されたのは動画か何かだろうか。写っているのは3人。皆横並びで正面を向いていた。顔には不気味な表情が施されたマスクを付けており、手にはライフルやマシンガンみたいなデカめの銃。服は統一でもしてるのか、皆同じ格好をしていた。

 もしかしてコイツらがソサエティとかいう……。
 そんな事を思ってパソコンを見ていると、止まっていた画面が動き出した。

『市民を守る警察の諸君。限られた時間の中で見事市民を避難させている様だな。
しかし、“如何なる状況”に置かれても、最後の最後まで市民を守り切るのが警察の役目。
ここからゲームを更に面白くする為、今しがた爆弾を仕掛けたランドタワーと合楽ビルディングを封鎖させてもらった。

ルールは簡単。取り残された市民と警察よ、生き延びたくば爆弾を解除する事だ。そうすれば鍵が開き逃げる事が出来る。
幸運にも、そこに取り残された市民達。お前達は今から命を賭けた最高のゲームを体感することが出来るのだ。喜ぶがいいぞ。しかもお前達は何もする必要はない。そこにいる正義の警察に、己の命をただ預けるだけだ。

市民を守るのが警察の務め。その正義の力で市民を守り切ってみせるのだ警察よ。

尚、我々ソサエティは建物及びその周辺を監視をしている。お前達警察が市民を助けようと外から建物に近づこうものならば、その時点で爆弾を起動させる。理解の早い警察諸君ならば、これが脅しや冗談でない事は分かっているだろう。

さぁ。ゲームの始まりだ。
仕掛けた爆弾の位置はここ。見事爆弾を解除して逃げ切ってみせよ。一体どちらが早く逃げられるか見物だな。精々楽しませてくれ。両方爆破も十分にあり得るがな。ハァァァハッハッハッハッハッ!!』

 マスク越しからでも分かる馬鹿笑い。
 ソサエティの奴らはそう言い残し画面から消えた。

「何がゲームだッ……ふざけやがって……!」

 奴らが消えたパソコンの画面には、爆弾が仕掛けられている場所を示す建物の地図が映し出されていた。俺のいる合楽ビルディングとランドタワー。奴らが言った事とこの地図を見れば自ずと状況は分かる。ランドタワーでも、俺達と同じ様に閉じ込められた警察と市民がいるって事だ。そんな事考えたくねぇけどな。

 人の命を弄びやがって。何処まで腐った奴らなんだソサエティ。

「う、嘘だよな刑事さん……」
「何かの悪戯よね⁉」
「早く出してくれよここから!」
「何が起こっておるのかね、刑事さん」

 マズい。このままじゃパニックになり兼ねない。年配の人もいるし、何とか皆を落ち着かせないと。

 ――プルルルルッ……プルルルルッ……。
 そんな矢先また携帯が鳴った。さっきは先輩から自分の携帯に掛かってきたが、今度は警察から支給されているもう1台の携帯。普段は滅多に使わないが、緊急連絡やGPSがある為一応常に持っているのが決まりなんだよな。

 今鳴るって事はもう何か分かるけどさ。

「はい。黒野です」

 電話の相手は本部長の服部さんだった。自分の所の本部長だから何度か見かけた事はあるが、ぶっちゃけ話すのは初めてだ。別の意味で緊張するぜ。

「君が黒野刑事だね。捜査一課の者から話は聞いた。状況はどうだ?」
「はい。確認出来る範囲では、ビルに取り残されたのは、私を含めたここにいる13名です。全員無事ですが、扉が閉められ、見た感じエレベーターも止められています」

 本部長の話だと、警察本部には爆発物処理班やサイバーテロ課等を含めた様々な部署が応援を要請し、緊急体制を取っているとの事。そしてやはり、ここ合楽ビルディングと同様、もう1つのランドタワーでも同じ事が起きているそうだ。

 今俺が見たソサエティからの動画は本部にも届いていたらしく、直ぐに爆発物処理班も含め準備が出来次第折り返すと言われた。その間、先ずは爆弾を見つけ、残された市民をなるべく安全な場所へと避難させる様告げられた。

 考えている暇はない。兎に角、地図に記されている通り爆弾を見つけないと。パソコンの画面で地図を再確認した俺は、残された人達に絶対に動かない様にと伝え爆弾のある部屋へと向かった。

 爆弾が仕掛けられている部屋は階の1つ下。裏口の階段から行けば十数秒で着く。

 ご丁寧に。さっきまで閉まってた筈の裏口の鍵が開いてやがる。完全にこっちの状況を把握しているな。大方、ビルのセキュリティをハッキングしてカメラで見ているんだろう。完全に奴らが主導権を握っている。

 爆弾が仕掛けられている下の階の部屋。俺はそこに辿り着き、恐る恐る扉を開けた。

「――あれか……」

 するとそこには、やっぱりと言うべきか無い事を望んでいたと言うべきか。ソサエティの言う通りしっかりと爆弾が仕掛けられていた。

 ――……ピ……ピ……ピ……。
 部屋の真ん中のテーブルの上。黒い四角っぽい形をしており、如何にも爆弾らしいデジタルのタイマーが赤く表示されていた。しかも1秒1秒、止まる気配無くそのタイマーはカウントダウン行っていた。

 悪戯で済まなかったか。
 警察の訓練で爆弾を見た事はあったが、本物を見るのは初めてだ。訓練で見たのは勿論安全なレプリカ。爆発なんてする訳がない。

 しかし、今俺の目の前にあるのは間違いなく本物だろう。玩具であればどれ程嬉しいだろうか。いや。玩具の可能性も0ではないか? ってそんな事ある訳ないよな。それとも、これは何かしらの警察の試験やドッキリみたいなもので本当は嘘でした……なんてくだらねぇ事ある訳ないか。現実を理解しろ俺。受け入れ難くてもこれはリアルだ。

 警察になった時点で、いつ誰に何が起きても可笑しくない。例えそれが自分であったとしても。そんな事分かり切っていた筈なのに。いざ自分がその状況になるとあまりに非現実的で、いつも考えない様な事が頭にごちゃごちゃ浮かんでくる。

 ――プルルルルッ……プルルルルッ……。
「――!」

 急に鳴った携帯に思わずびっくりしてしまった。ビビッてるのか俺……?
 本部からの電話だと携帯を取り出したが、その携帯に反応は無い。鳴っているのはこっちじゃなくてまた自分の携帯だった。

 しかも画面に表示された名前は“白石 一真”。

「……もしもし」
「おお千歳無事だったか」

 この緊迫した状況とは真逆の、あまりに緊張感の無い声。良くも悪くも聞き慣れたその声が、自然と張り詰めていた緊張を解いていた。

「まぁ取り敢えずな。無事かどうかは微妙だけど」
「まぁ確かに。それにしても、“お互い”大変な事に巻き込まれたな」

 ……は?
 ちょっと待て。何ってるんだお前。“お互い”ってもしかして……いや、まさかな。

「千歳、お前合楽ビルディングにいるんだろ? 俺はランドタワーだ――」


09 過去と始まり⑤


 今日1番驚いたかも知れない。

 ほら。その証拠に驚き過ぎて声が出ねぇ。今なんて言ったコイツ。

 お互い大変な事に……?
 俺はランドタワーだ……?

 おいおい、嘘だろ。
 まさかもう1つ爆弾が仕掛けられたランドタワーにいるのって、お前なのか?

 一真――。

「おい……本気で言ってんのかそれ」
「何が?」
「お前本当にランドタワーにいるのかよ一真」
「ああ。正真正銘ランドタワーに閉じ込められたぜ。俺も合楽ビルディングにお前がいると聞いた時はマジでビビったけどな千歳。こんな状況なのに思わず笑いそうだったぜ。ハハハ」

 本当に笑ってるじゃねぇか。よく笑えるものだこの状況で。

「そっちはどうなんだ?」
「多分そっちと同じだよ。俺と何人かが取り残された。鍵は開かないし、ソサエティとかいう奴らが言う通り爆弾も仕掛けられていたしな」
「マジかよ……。って事はそっちにもあるのか、爆弾が」
「あるぜ。俺の目の前にな」

 信じられない事の連続。
 1つずつ現実を理解しようとしてるのに、また直ぐに次が出てくる。こんな災難が畳み掛けてくるかね普通。何か悪い事したか俺。
 
 ――プルルルルッ……プルルルルッ……。
 全く。今度は何だ。何回鳴るんだよ。
 再び鳴った電話は支給されている携帯。今度こそ本部からだった。
 
「はい。黒野です」
「本部長の服部だ。その後皆は無事かね?」
「はい。問題ありません」
「よし、分かった。くれぐれもパニックにならない様に落ち着いて対応してくれ。そして今、こちらでも話し合いを進めた結果、どうやら爆弾を解除する他方法が見当たらないという結論に至っている。奴らは本当に有言実行するだろう。こちらもどうにか君達と人質を助け出せる策を練っているが、時間に猶予も無い。我々も勿論救出に向けて動き出すが、どちらせよ爆弾の対応もしなくてはならない」

 電話越しでも本部の慌ただしさや緊張感が伝わってくる。爆弾解除ね。まさか実践でやる事になるとは。

「現在時刻は14:40――。
そこにいる黒野刑事と白石刑事! まだ若い君達にこんな事を言うのは酷だが、君達に人質の命が懸かっていると言っても過言ではない。勿論、爆弾解除に当たってはこちらから爆発物処理班が指示を出す。携帯の通話を切り替え、爆弾が見える位置に置いてくれ。

大丈夫。プレッシャーを掛ける様な事を言ってしまったが、全員が万全の対策で君達をバックアップしている。君達も他の人質も必ず救い出す! これからこの携帯は繋いだまま。爆発物処理班と共に爆弾を解除すると同時に、こちらの動きも全て伝える。色々手は打っているが今は兎に角爆弾に集中してくれ!

黒野刑事、白石刑事。君達の日頃の活躍は耳にしている。ここにいる皆が、君達なら出来ると信じている。
時間迫ってきている。直ぐに爆発物処理班の者と代わろう」

 ホント、とんでもない事になってるな。本部長との最初の会話がこんなのだとは思いもしなかったぜ。

「だってよ千歳」

 繋がっていたままの自分の携帯から一真が声を掛けてきた。

「本部も慌ただしそうだ。本部長も俺達を励ましてくれてるのかプレッシャー掛けてるのかよく分からないしな」
「そんな事言うなよ。聞こえるぞお前」
「皮肉の1つや2つ言わなきゃやってられないぞこの状況。爆弾解除なんてした事ないし」
「俺だってそうだよ。まぁ爆発物処理班の指示があるなら大丈夫だろ。マジで1人だったら即終了だけどな。ハハハ」
「お前よく笑えるよな本当に。神経疑うぜ」

 一真とそんな事を言い合っていると、本部から声が聞こえてきた。

「黒野刑事、白石刑事! 聞こえるか?」
「はい。聞こえます」
「私は爆発物処理班の山本だ。今からそこにある爆弾解除を担当する。早速だが、2人共まずは爆弾をこちらに見せてくれ」

 指示通りに俺は携帯の画面に爆弾が見える様映した。

「成程な……分かった、ありがとう。時間が無いから直ぐに取り掛からなくてはならない。近くにドライバーやニッパはあるか? 無ければ似たような物でもいい。何か細い棒状の物やハサミでもな。それと、両手を使う作業になるから、もし出来る事なら爆弾を映したまま上手く携帯を固定しておいてくれ」

 解除の道具に携帯固定ね……。幸いに道具は揃いそうな雰囲気だけど、1回上の人達に聞いてみよう。

「すいません。ちょっと他の皆さんに道具あるか聞いて直ぐに戻ります」
「同じく」

 本部では俺と一真の携帯画面を同時に見ているのだろう。音声もスピーカーになっているから少しズレて一真の声も聞こえた。

 俺は上で待っている人達に簡潔に事情を説明した。その話をすると、ここで働いている数人が動いてくれて、ドライバーやハサミを直ぐに持ってきてくれた。

 助かった。1人だったら探すだけで手間が掛かるからな。
 道具を手にした俺は直ぐに爆弾がある部屋へと戻り、近くにあったテーブルやら書類やら等で上手く携帯を固定した。

「こちら黒野です。ドライバーとハサミ準備出来ました。携帯も取り敢えず固定しましたが、これで大丈夫ですか?」
「ああ、しっかり映っている。大丈夫だ」
「こちら白石。私の方も無事道具が揃いました。ただ……」

 報告をしている一真の声が急に小さくなっていった。何かバツが悪そうな感じ。何かあったのかまさか。

「どうした白石刑事」
「あ、いや、あの……爆弾があるここの部屋はあまり使われていない様で、爆弾が置いてあるテーブル以外ほぼ何もないんです」
「そうか。なら携帯は固定しなくても大丈夫だ。解除しながらやっていこう。ただ逐一爆弾は映してくれ。いいな?」

 爆弾解除を担当してくれている山本さんからの言葉に、何故か一真から返事が返ってこなかった。
 だが数秒の沈黙の後、一真がまたバツが悪そうな声で話し始めた。

「それが――」


10 過去と始まり⑥


 嘘だろ……?
 
 そっちで何が起こっているんだよ一真。

 “そんな事”言ったらこうなるに決まってるだろ。只でさえ時間ないのにさ。

「白石刑事! それは本当か⁉」
「……はい」

 恐らく本部にいる人達も驚いているだろう。俺もビックリだ。
 
 まさかそこにいる人質の1人が、一真の手伝いで携帯を持っているなんて。まさかと思うよ誰だって。俺達警察が最優先で守ろうとしている市民が爆弾の真横にいるんだから。

 どうやら一真によると、俺と同じ様に道具を集めに行った際に、簡潔な状況とこれからの対処を話したそうだが、携帯を固定出来ないと知った、そこで働いている1人の女の人が「手伝います」と強引に来てしまったらしい。

 勿論、一真はそれを止めて説得したが、時間が無い挙句にその女性も自分の意志を変える気が無い模様。
 電話で本部長や山本さんが必死に説得しているが……聞こえてくる会話の限り、もう変わらないだろう。

「もう時間が無い、止むを得ん。白石刑事! それと、横にいる《碧木》さん……と言ったかな? 事態は一刻を争う。もう爆弾解除に入らなければ間に合わない。仕方がないが、このまま碧木さんに携帯を持ってもらい、君は爆弾の解除に集中するんだ!」
「はい。分かりました」
「碧木さん! ここからは絶対に我々の指示に従って下さい。そして万が一の時は、そこにいる白石刑事の指示を聞き避難して下さい! 分かりましたね?」
「はい! 出過ぎた真似だと重々承知しております。ですがこのまま何も出来ないのは嫌なんです。万が一の時はしっかり指示に従います」

 こうなったらもうしょうがない。グダグダやってる時間も無いからな。何よりも先ずこの爆弾を解除するのが重要だ。

「よし。それでは始めるぞ……先ずは1番上のカバーを外し、中のコードを確認してくれ。そうしたら私の言う通り、順番にコードを切っていくんだ」

 こうして、俺達の運命を左右する爆弾解除が始まった――。

 ♢♦♢
 

 ――パチン……!
「ふぅ……。OKです」
「よし。問題なく順調だ。これなら時間に間に合うぞ」

 両手で簡単に持ち上げられそうな無機質な黒い物体。赤いデジタル表示の数字が刻々と動き、細かく繋がれた何色ものコードの内、約8割が切断されている。残るコードは数本。カウントダウンのタイマーは残り5分ちょっとを表示している。 

 爆弾解除を初めて10分程が経った。これでもかというぐらい手に汗を……いや、全身にこれ程嫌な汗を掻いた事は記憶にない。それもこんな短時間で。手元に集中する余り呼吸を忘れる。部屋が暑い訳でもないのに、いつの間にか上着を脱ぎ、ネクタイを取って、ワイシャツの第二ボタンまで開けていた。その場から何も動いていないにも関わらず、息切れまでしている次第だ。

「そっちは大丈夫か千歳」
「ああ。ダメならとっくに吹き飛んでる」
「ハハハ、違いねぇ」

 時折そんな冗談を交わしながらも何とか順調にここまできた。
 何時間もこうしている感覚だが、現実にはものの十数分。それだけ気を張っているのが自分でも分かる。それは一真も同じだろうけど。

「時間が5分を切ったが、この調子なら大丈夫だ。後少しだからこのまま最後まで行くぞ2人共」

 俺と一真はコクリと頷いた。
 後少し。沢山張り巡らされていたコードも残り僅かだ。

 指示通り爆弾を解除してきた俺達に、永遠に終わらないのではないかとさえ感じられたが、遂にその時がやってきた――。

「……よし。2人よくやった。最後に残ったそのコードを切れば、解除完了だ。タイマーが止まるぞ」

 心の底から待ちわびた瞬間。山本さんの口からその言葉を聞いた瞬間最高に嬉しかった。俺はそのまま最後のコードを切った。

 ――パチン……!
「…………止まった」

 動いていたタイマーが遂に止まった。
 それを見た瞬間全身の力が抜け、俺は項垂れる様に床に座り込んだ。

「終わったぁ……」

 一気に全身を襲う倦怠感と安堵感。緊張の糸が切れ、疲れがどっと押し寄せてきたが、今となってはそれすらも心地良いと思えてしまう。体の怠さよりも安心感が大いに勝っていたから。

 だが、それでは終わらなかった――。

 俺がその“違和感”に気付くのに、さほど時間は掛からなかった。 
 
「どうした……?」

 明らかに何かが可笑しい。無事に爆弾を解除し終えたのなら、少しぐらい電話の音声が盛り上がってもいい筈だ。それにも関わらず、騒がしくなるどころか何だ?

 この嫌な静けさは。
 
 俺は固定してあった携帯を急いで取り、画面を確認した。
 画面には俺と山本さんの顔、そして一真が解除していたであろう爆弾が映っていた。良く見ると、爆弾が映っている画面だけが小刻みに震えている。きっと携帯を持っている女性の手が震えているんだろう。こんな状況に置かれているのだから当たり前だ。別に何も可笑しくはない。

 可笑しいのはそこじゃないんだ。

「――タ、タイマーが止まらない……」

 状況を理解した俺は再び全身に緊張が走った。

 そう。

 俺も一真も山本さんの指示通り爆弾を解除したのに……。
 確かにコードは全て切れているのに……。

 何故だ?
 
「……何でカウントダウンが止まってねぇんだよ……」

 携帯の画面に映し出された爆弾。
 一真が解除した筈なのに何故かそのタイマーが止まらず、カウントダウンを続けていた――。


11 過去と始まり⑦


 どれだけ驚こうと信じられなくとも、見ている現実の事態に、都合の良い変化は起きない。
 そうしている間にも赤い数字は容赦なく動き続けるのだから。

「どうなってるんだ……タイマーが止まらねぇ」
「全部切ったのか一真!」
「ああ。全部しっかり切った。お前の方は止まってるのか?」
「大丈夫。こっちは止まってる」

 こんな時までこっちの心配しなくていいから自分の心配をしろ。

「そんなまさか……。白石刑事! もう1度爆弾全体を映してくれ!」

 山本さんの声から少しばかり困惑が感じられる。
 無理もない。それは恐らく全員が思っている事だ。

「やはり全て解除し終えている……何故白石刑事の方だけ……」

 誰も事態を飲み込めていない。
 しかし、妙な緊張感が生まれている事だけは誰でも分かっているだろう。状況を把握出来ず、今にも止まりそうな俺の思考回路が唯一振り絞って出した“最悪”という名の答え――。

 きっとこの一瞬で、俺と同じ様に“最悪”が頭を過った者は少なくないだろう。

 ダメだ。やめろ。
 絶対そんな事考えるんじゃねぇ。

「一真。もう1回よく爆弾見てみろ。どっかに何か変わった様なの無いか?」
「そう言われてもな……特に変わった所なんか……「――これは?」

 そう声を出したのは一真と一緒にいた女性だ。確か碧木さんとか言う名前だったな。何か見つけたのか?

「どうした?」
「ああ、ちょっと待って。碧木さんが何か見つけたみたい。……ん? 何だここ。何か開きそうだな」
「白石刑事、触る前にこちらに確認させてくれ」

 一真と碧木さんは何かを見つけたのか、再び携帯で爆弾を映した。

「ここなんですけど、何か外れそうなんですよね」
「確かに。少しグラついているな。周りに配線も無いから慎重に開けてみてくれ」
「分かりました」

 皆が固唾を飲んで見守る中、一真はそこを慎重に開けた。すると、パカッと蓋の様に外れ、その中に黒と白の2本のコードが現れた。

「これは……」
「まだコードが残ってたって事か」
「コレ切れば止まるのかな?」
「待つんだ!」

 徐に山本さんが声を荒げた。その山本さんの声と表情が、少なくとも良い事ではないと物語っていた。

 ――ブッー!ブッー!ブッー!ブッー!ブッー!
「何だ……⁉」
「どうした、何の音だ!」
「本部長!コレを見て下さい!」

 今度は何なんだ。
 突如警報音みたいな音が聞こえてきた。それもこの部屋からじゃない。上の階だ。しかもどうやら俺の所だけじゃなく、一真の所と警察本部からも同じ様な音が響いてやがる。

「黒野刑事、白石刑事! 直ぐに近くのパソコンを見てくれ!」

 本部から慌ただしく指示が入った。
 パソコンだと? まさかまたソサエティの奴らが……!

 俺は急いで部屋を出て上の階に戻った。すると先程と同様、パソコンの画面に奴らの姿が映っていた。そしてまたも動画が動き出した。

『――流石正義の警察諸君。見事爆弾を解除した様だな。いや、正確には“最終ゲーム”に突入したと言うべきか。
まさか2ヵ所共爆弾を解除するとはな、中々楽しませてもらっているよ。

おっと。無駄話をしている間にどうやら残り3分を切ったか――。

ここまで盛り上げてくれた警察諸君よ。最後にもう一賑わいと行こうじゃないか。ルールは至って簡単。ランドタワーの爆弾には黒と白のコードが残っている。どちらかを切れば爆弾は止まる。時間一杯考えて決めるがいい』

 動画はそこで終わった。

 ――ガンッ!!
 俺は苛つきが収まらず、気が付いたら机を思い切りぶん殴っていた。
 どこまで人を弄べば気が済むんだクソ共ッ……!

『――おっと言い忘れていた』
「……⁉」

 この動画、もしかして今リアルタイムで流してるのか……⁉
 突然切れたと思った画面が再び付くや否や、奴らがまた話し始めた。

 そして、その発言は誰もが想定していない恐ろしいものであった。

『コードを切れば爆弾は止まる。だがそれは勿論、《どちらか一方》だ』

 言葉の意味を理解するのにここまで時間が掛かった事は無かった。

『ハァァァハッハッハッハッ! どうした? まさかどちらかを切って運良く全員で助かればとでも思っていたのか?あぁ? そんなクソみたいなつまらん結末があるとでも? 笑わせるでないぞ警察共!
言った筈だ。恨みあるお前達警察へと清算と制裁だとな。皆で仲良く助かろうなんて虫唾が走る。

これは我々ソサエティが楽しむ為のゲームなんだ。ゲームというのはルールが存在するから楽しいのだよ。ルールが存在するから勝ち負けの行方が面白いのだよ。両方生き延びるなんてつまらない。最終ゲームらしく、どちらか一方が生き延び、どちらか一方が死ぬ――。

これはそういうゲームだ。
さぁ! 残り“1分半”! はっきり白黒着けようじゃあないかッ!
ランドタワーにいる若き刑事よ。 貴様の手に全てが懸かっている。最後の最後まで楽しませてくれよ。
ハァァァハッハッハッハッ!!』

 不愉快な笑いが響いたと同時に、パソコンの画面が突如真っ暗になった。

 耳鳴りが聞こえる程の静寂。

 嵐の前の静けさだろうか。

 もしそうだとしたら、この場合の嵐は爆弾?

 いや。

 その嵐はここに取り残された人達の“叫び”だ――。

「おい! どういう事だよ今のは⁉」
「私達助かるんじゃないの⁉」
「どちらか一方なんて噓だよな刑事さんッ!」
「心臓に悪いのぉ。大丈夫じゃろ? 若い刑事さん」
「お願いしますッ!助けて下さい!」

 俺はこの時、直ぐに声を掛ける事が出来なかった――。



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