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ショートショート 「悪用厳禁」

仕事帰りに買った惣菜のパッケージに、よく目を凝らさなければ気が付かないような小さな文字で、妙な事が書いてあった。

「悪用厳禁」

惣菜にこんな注意書きがあるなんて。今まで全く気がつかなかった。そもそも、こんなもの、どう悪用するのだ。

まあ、世の中には色んな悪い奴がいるから、何をどう悪用されるか分かったもんじゃ無い。とりあえず「悪用厳禁」と記載しておけば、そう言った危険性を、幾ばくかは排除できるという事だろう。

効果があるとは到底思えないが。

それにしても、惣菜にまでこんな注意書きがあるって事は、もしかしたら他のものにも書いてあるんじゃないか。今まで気が付かなかっただけで。

そう思い、部屋中を見渡してみると、確かに色んなものに小さく「悪用厳禁」と注意書きがあった。

庭の植木鉢の裏に。使い古したテーブルの脚に。毎日着ているスーツにまで、「悪用厳禁」と書かれていた。


僕はそれから、街でも「悪用厳禁」の文字をよく見かけるようになった。

今まで気にしていなかった事も、意識しだすとよく視界に入ってくる。

こんなに注意書きに囲まれて暮らしている事に気づくと、気分が悪くなった。

悪用なんて一切するつもりが無いのに、「厳禁」なんて書かれると、なんだか癪に障る。


しかし、それから数週間もすると、全く気にならなくなっていた。

むしろ、「悪用厳禁」と注意書きがある事が当たり前で、無い方が違和感を感じるほどだ。

人間の慣れというものは恐ろしいと、つくづく感じた。


ある日、僕の家に警察がやって来た。

僕に殺人の疑いがかけられていると、警察は言った。

殺されたのが僕の知り合いで、現場に残されていた凶器には僕の指紋があったからだという。

僕はあっさりと、自分が犯人だと認めた。

僕には、それでも無罪になる確信があった。

だって、僕が犯行に使ったナイフには、「悪用厳禁」の注意書きなんてどこにも無かったから。







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