ショートショート 「病気屋」
住んでいるアパートの向かいの、雑居ビルの一室に、奇妙な店ができた。
「病気屋」と銘打ったその店は、その名の通り病気を売っているらしい。
私は好奇心から、冷やかしでその店に行ってみることにした。
「いらっしゃいませ」
小太りで愛想の良い男が、店のカウンターから出てきた。
「病気を売っているって聞いたんだが、本当かね」
男は、顔面に不自然な笑顔を張り付かせ、答えた。
「本当ですとも。軽い風邪から、末期ガンまで、なんでも取り揃えております」
「それはすごい。でも、いったい誰が病気なんか買うのかね」
「それは病気によりますな。例えば、軽い風邪なら、学校をずる休みしたい学生さん。それと、経営者の男が、解離性健忘を購入されましたな。会社の経営がうまく行かないらしくて、間も無く倒産するそうな。もう全て忘れてしまいたいのでしょう」
なるほど、病気にもそれなりの需要があるんだな。多少の不謹慎さは感じたが、私は男の話に関心しながら聞き入っていた。
「病気に需要があるのはわかった。でも、病気を売り物にできるなんて、にわかに信じがたいな」
「ははは。初めは皆さまそう仰るんです。そうだ、試しに何か一つサービスしましょう」
「うーん、明日は仕事休めないからな。とりあえず、口内炎でももらえるかな」
「かしこまりました。症状が出るのは、明日の朝頃になります。どうぞ、お楽しみに」
翌朝、目を覚ますと、確かに上唇の裏に小さな口内炎が一つできていた。
「こりゃすごい。本当に病気を売っているんだ」
同僚に話す良いネタができたぞ。こんな店を知ったら、みんなきっと驚くに違いない。
そんなことを考えながら、会社へ到着した。
事務所へ入ると、いつもとは違う、どこか騒然とした雰囲気に包まれていた。
「おい、何かあったのか」
仲の良い同僚に聞いても、彼も状況を把握しきれていない様子だ。
ただしきりに、社長に何かあったらしいと言うばかりで、詳しい事は全くわからない。
まさか。病気屋の店主の言葉が、ふと私の頭をよぎった。
そうこうしているうちに、滅多に現れない重役が、辛気くさい表情を浮かべながら、皆の前に立った。
社員達は、突然の重役の登場に、「これは本当にまずい事が起きた」と行った様子で、重役を見つめていた。
「ゴホン、えー皆さん、非常に残念な事が起きてしまいました。我が社の社長が昨晩、えー何があったかと言いますと…私からも非常に言い辛いのですが」
もったいぶった話し方をする重役の次の言葉を、社員一同が固唾を飲んで見守っていた。
「えーなんと、我が社の社長がですね。昨晩、交通事故でお亡くなりになりました」
突然の訃報に静まり返る事務所内。
私は思わず言ってしまった。
「あーよかった!」
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