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♯14 おぼろげな自我、なだらかな飛躍(潜在的ライト兄弟論)
母親が部屋にズケズケと入り込んできた。
コロナで会えない祖父母に写真を送るらしい。
「いつも会ってへんやん」という反論を母親パワーで押しのけ、またたく間に僕は被写体になってしまった。
あまり自分に向かってシャッターを切られることが少なかったので気付かなかったが、どうやら僕は写真を撮られるのが嫌いらしい。
写真撮りたい欲は全日本一般ティーンエイジャーの平均はあると思うが、撮られたい欲は今空に浮かんでいる雲よりも少ないと思う。
別に自分の顔や体に不満点はあまりない。満足している点はもっとないけどね。
ではなぜ画角に収まりたくないのか。
自分なりに考えてみたが、「過去に居たという証拠を残したくないから」という仮設に至った。
そういえば小学生の時から今の今まで、図画工作で工作したものや作文を見せるのがダイッキライだった。出来栄えに関係なく。
「過去を見ていない」ということは言い換えると「未来しか見ていない」ということになる。
でも僕は未来も見ていないので、「今を見ている」
いや、今も見ていない。
では何を見ているのか。
それは
お前のことをだよ!!!!
ギャーーーーー!!
まあ、本当は今も未来もぼんやりと見ている。輪郭ははっきりとしていない。
積み重ねてきた地続きの過去を見ていないということは、地に足を付けていないということになる。多分。
「地の時代から風の時代へ」、スピリチュアルに一切の興味がない僕でもこの事は知っている。
なんか古い慣習とかがぶち壊されて新しいスタイルが構築されていくらしいっす。よう知らんけど。
僕は時代の変わり目に変態しようとしているのではないのだろうか。
変態って、オッパイグヘヘじゃなくてメタモルなんちゃらの方ね。サナギから蝶へのやつ。
そんな兆候一切ないが、変態している最中だと思いたい。
何回も言うけど下着泥棒の変態じゃないよ。メタモルなんちゃらの方ね。
もし風になることが出来たら、日本中を雲と一緒に飛び回ってみたい。
一瞬で、バビューンと。
あと女風呂にも入りたい。
↑これは変態。メタモルなんちゃらのほうじゃないよ。警察に捕まる方ね。
僕は風になれるのだろうか。
1月ももうすぐ終わるが、今年は飛躍の年にしていきたい。
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