ハミング

予め日を決めていたわけではなく、いつだってそう、気づくとなんとなく、スイスーイのピッピッと指一本上下左右に動かして、なんなら鼻から息を吐き、ハミングしながらスーイスイのスイスイスイってなノリで始まった。
それ、だ。掌で光を放つ小さな窓。
携帯電話の受信メールのゴミ箱送り。しっくりこないのは、それがゴミでは無いからだ。私の中でそれらはゴミなんかでは無いし、今では受信メールのほとんどは広告や案内が占めるようになっているけれど、そこには特別に大切な言葉が詰まったフォルダがふたつ、たしかに生きていた。今から3年前、鍵をかけて閉じ込めてしまうまでは。

✻  ✻  ✻

｢なくした｣
消えた
手さぐりで片づけてる最中
なくしたんだ
大切なあなたの言葉が
あなたに話しかけた言葉も
みつからない
みつける術もない

そうだね
最近開かなくなってた今更だね
おかしな名に細工した保存フォルダ
わたしが離れる あなたが遠くなる
ちがう そんなことないよ
ムリだよ まだ 嫌だ

探してもタイトルしか見つからなくて
｢このメッセージには本文がありません｣  ･･･冷たい

あの時も 時間を戻したかった

｢どうしたらいい？｣

｢いつもおまえが笑顔でいれたら、それが･･･｣

｢今なら笑っていられる｣

あなたも苦しいと想像できたのに
試したんだ
嘘ついたんだ
なくしたくないからついた
嘘だったんだよ

✻  ✻  ✻

覚悟決めて空っぽにしたのではなく、浮ついたハミングの先に起きた事故。なによりも大切なふたりの時間の証、言葉の記録をなくしたのだから、耳の辺りから引いていく血の音がして、吸った息を吐くこともなく景色が止まった。
ような気がした。

きのうまで知らない者同士のふたりが、ある時、あたりまえのように心が寄っていくのを感じた。
はじめから、してはいけないことだらけで、ふたりで街を歩くこと、映画館で並んで映画観ること、夏の花火大会、記念日は特に一緒にいられなかった。顔を見ながらケンカもしたこともなかったぶん、言葉で一喜一憂する毎日。
そのことがかえって新鮮で懐かしく、カラダの真ん中が痛いのに、それでも、ふたり心地よかったよね。

たとえばあなたが街で倒れても、私が事故で緊急入院しても、誰からもどこからも連絡なんか来ない。それが世間でのふたりの距離。

次はどっちが返す番だったろう？
見えない負担かけたくないから、言葉を送らない下書きがいっぱいで、もう若くないふたりは、重ねる日常に話したか話してなかったかよく忘れて

｢コレ前にも言ったか？｣

｢聞いたかもしれんけど、話してみて｣

って、そんなおかしくてちいさなやり取りが幸せだった。

話すことがなくなった？
ちがう、今もいつまでも話していたい。話さなくても感じていたい。
そこにあなたがいて、部屋のあこそこにプレイヤーを置き、あたらしい曲、懐かしい曲、表に出ていないけれどアルバムの中にみつけたお気に入りの曲

｢この曲知ってるか？｣

｢知ってるよ～｣

｢あ～最近探せてないなぁー掘り出し物の曲｣

音楽も映画も小説も、それにスポーツも、どれだけたくさん拡げてもらっただろう。
音楽は競うように探したものだ。
あなたが教えてくれる｢プログレッシブ｣な曲に、はじめは耳が反応悪くて戸惑ったけど、耳で聴くんじゃないんだって気がついた。さだまさしさんと太田裕美さんのリストも照れながら作ってくれたね。
映画もあなたの話に出てくるものは全部観た。レンタルにもないくらい稀少な作品以外はねっ。一年に120本も観た時も、気に入ったシーンはふたり時々ズレてるのも新鮮で、

｢見逃してるなーまた借りて観るよ｣

あなたが興奮気味に推してくるシーンに反応が薄いと

｢俺の言ってるシーンちゃんと観たの？アレ？｣

知ってるよ。きっとそこのシーンを観せたくておすすめしたんでしょ。
小説は図書館で試し読みしないでスグに買ってしまう私に驚くあなたに驚いた。

スボーツショップの店員だった2年間のおかげで、ほとんどの分野に着いて行けたけど、アメフトはずるいよ。結局いちばんハマったんだけどね

｢1回お前にタックルしたいわぁ｣

｢どこで？｣

｢広い公園に決まってるやろ｣

｢ぜったい私死ぬよ｣

｢アハハハハーーッ。鍛えないとふにゃふにゃ｣


いつかコレが最後になるのが怖かった。
でも、あなたはもう送ってこない。

｢黙って消えたりしないで、5分だけ時間くれたら私ちゃんとするから｣

｢突然、居なくなったりやめたりしないから大丈夫｣

なくしたくないから、足を止めて決心すべき事がある。

｢生まれ変わったらまた逢おう｣って誓い、果たす時って突然来るんだね。
何かや誰かを壊してまでも、誓いを果たすことは許されるものなの？･･･築いてはいけない砂のお城

空を泳ぐ 綿毛みたいにふわふわ
堕ちる場所に決して堕ちてはいけない

｢ずるいよ｣｢卑怯だよ｣
気持ちとカラダのバランスが壊れそうになると
どんな言葉も行ないも、あなたにぜんぶ包み込まれていく

泣いて泣いて泣いて、強くなろうと泣いたけど、
強い心を掴んだ私の傍に、あなたはもういない

私の生命は永遠に私だけのもので、私のカラダは私で完結し、私の生命はしばらく眠りに着く。
あなたの生命も永遠にあなたでいる。そしていつか眠りに着く。
どれだけ固く誓っても、また同じ時代に生まれ変わったとしても、ふたりが出逢えるとは限らない。
たとえ奇跡がおきて出逢っていても、ふたりカラダは違っているんだから、気づけるだろうか？

人は過ちを犯したぶん、時間の魔法に酔わされて道に迷っているうちにまた、眠りに着くかもしれない。

ふと風が通り抜け、あなたの覚悟を知った時、欲望のまま壊れてしまうことを怖くないと確信した。
でも、あなたは私を壊さない、壊れてしまうくらい護ろうとした。正そうとした。

教えて。

みつける術もなくなって、今もこんなに話し続けてるのは、｢そんなの、大丈夫だよ｣ってあなたが仕組んだイタズラだね。
きっと。

｢もうすぐ11月だよ。そろそろ毛糸出しなよ｣

｢子どもかっ！｣

｢ふんふふ～ん、フンフフッフーン｣

ちょっと泣いたけど、ハミングできたよ。
またね。

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嶋津亮太さんの企画｢教養のエチュード賞#3｣
ステキで憧れる世界
ことばが好きでした。だけど、想いを言葉に出来ても、もしかしたら、基本の｢き｣とかの世界だったらまたお邪魔してしまうのかな？
怖くて諦めていました。だから、これは嶋津さんが言ってくださってるように手紙です。どんなふうに届くのでしょうか。
はじめて  からだの外に出しました。

機会を与えてくださり、ありがとうございました。


シマエナガ :  雪の妖精

ayamo

https://note.com/ryotashimadu/n/n706c2fe7cb2d