暇だっただけ
「なんで、僕をわざわざ呼んだ?今日休みなんだけど」
「仕方ないじゃん、俺免許持ってないし急用だったんだから。カズヤ暇そうだし」
春の陽気がフロントガラスから差し込む。4月にしては外はまだ肌寒い。袖を通したナイロンジャンバーがシャカシャカと音を立てる。
「なんか久々じゃない?クニとこうやって二人っきりでドライブするのも」
「二人っきりって、これドライブじゃなくてただの移動だから」
「なんだよ、運転手に対してその態度は。ここで降ろしちゃおっかな〜」
「すみませんでした運転ありがとうございます」
時刻は12時。車内には老若男女が好きそうな声のアナウンサーが今朝のニュースを報じるラジオが流れる。二人ともその声に耳を傾けるフリをして実は何も聞いていない。
「ピロン」
携帯が鳴りクニは画面に一瞥をくれる。
「何?新しい出会いの予感??」
「そうじゃないって言ったら嘘になる」
「やっぱクニはモテるな〜。僕には到底不釣り合いだった訳だ」
「いや、好きだったし。今も好きだけどね。友達として」
「ちなみに新しいプリンスはどんな人?」
「結構年上なんだけどすごい波長が合うんだよね!返信のタイミングも絶妙だし。しかも結構近くで今度会う約束もしちゃってさ」
「会う前からめちゃいい感じじゃん。同時にフリーになったのに僕だけ置いてけぼりか」
「まだ会ってもないからわからないよ」
「そういや、最近仕事の調子は?クニ昇進するとか言ってたよね」
「なんで知ってるの、言ったっけ?」
「1ヶ月前飲みに行った時ぽろっと溢してたよ」
「まじ?でもほんとのことだよ。4月からちょっぴり偉くなるの」
「プライベートも仕事も置いていかれちゃったな。クニに勝てるの歌の上手さくらいしか無くなっちゃう」
「最後に一緒にカラオケ行ったのいつだっけ?」
「一年前くらいかな。ちょうど桜が散ったくらいだった気がするな」
「あれから一年も経つんだ。早いね」
「ほんとにそこまででいいの?」
「うん。もう近くまで来たし、あとは歩いて行った方が早いし」
「そっか。まだ寒いから体調には気をつけなよ」
「ほんとカズヤは面倒見いいね。付き合ってたときから思ってたけどおかあさんみたい」
「だってクニが抜けてるとこ多すぎるんだから。すぐ変な所行くし、忘れ物するし、ほんと大変だったんだから」
「なにそれ、私がバカみたいじゃん」
「バカじゃないの??」
「うるさい黙れ」
ラジオは帯番組へ変わり、ハガキ職人が丹精込めて送ったハガキが読まれている。
「ほい、到着」
「ほんとありがとね。急にお願いしたのに」
「暇してたのは確かだし」
「また今度友達誘ってご飯でも行こうね、カラオケも練習しとくわ」
「うん、じゃあまたね」
「ありがと、おっとっと」
「ほら〜足引っ掛けてこけそうになる、ほんと抜けてるねあんた!」
「大丈夫だって、もう子供じゃないんだから」
「わかってるよ、それじゃあまたね」
「うん、またね」
ラジオ番組は終わり、また別のアナウンサーがニュースを読み上げている。
「ヨリ戻したいと思ってるのは僕だけかな」
暑くなってナイロンジャンバーを脱ぎ、助手席へ置く。
アクセルを踏み車は前へ進み出す。
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