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バーチャルYouTuber研究3: N次創作とボカロPのパワー

 なかなかタイトルの本題に入らない投稿ですが、今回までバーチャルYouTuber登場の社会基盤の紹介です。「初音ミク」がユーザー創作の世界で生きてきた現実、また「重音テト」がコミュニティの熱い支持で生きてきた現実から、これらのユーザー生成型のコンテンツの成長にはコミュニティの存在が大きく関わっており、コミュニティなくして、特定企業の著作権コンテンツだけではここまでの社会現象にならなかったと思います。そこで今回はコミュニティの中で起きていたユーザー創作の行動をマクロ、ミクロから紹介したいと思います。キーワードは「二次創作」です。ここで二次創作とは、オリジナル作品の楽曲やイラストを別の作者が改変する行為です。「初音ミク」コンテンツの二次創作物を創るユーザーは、オリジナルから自分なりの「初音ミク」を創る、いわば育ての親となり、その親同士で互いの子供を応援する形で、「初音ミク」のコミュニティは成長して社会現象になりまました。以下はオタク仲間の研究者である石田実さん(東洋大学経営学部准教授)との共同実証研究です。

1.創作の連鎖(マクロ)とボカロPの誕生

私たちは、そうしたボカロコンテンツが二次・三次・四次と連鎖的に創発されてニコニコ動画のようなコミュニティが活性化する現象(N次創作と呼ぶ)を投稿データの取得と分析からマクロな観点から観察しました。2015年までのボカロコンテンツの動画約80万件をニコニコ動画からデータ取得し、二次創作(〇してみた)、三次創作(〇してみたを参照)を含む時系列の投稿数推移が次のグラフです。

ニコニコ動画N次創作推移

  全80万件のうち、一次創作(オリジナル)は47%、二次・三次創作は53%でした。ボーカロイドソフトウェア「初音ミク」の発売後4カ月の拡大図から、爆発的に投稿が増えているのがわかります。その中でオリジナル創作とこれを参照して二次創作を行なう関係が作品ごとにどのような連鎖的なネットワークを形成しているのかについて、社会ネットワーク分析と呼ばれる方法で作品間の関係を点(作者や作品)と矢印付きの線(二次創作の方向)で分析してみました。次の図は、piapro(ピアプロ)というクリプトン社が運営するボカロ専門の投稿コミュニティに投稿されたデータから「初音ミク」作品の「からくりピエロ」というオリジナル楽曲がバージョン違いで3曲投稿され(図中の赤丸)、その周辺にこのオリジナルを参照した二次創作が矢印付きで結びついているネットワーク図です。合計81個の作品が1つのつながりを形成しています。

からくりピエロネットワーク図

ニコニコ動画には「初音ミク」発売を契機に、ボカロ楽曲を創作するクリエイター、ボカロPが数多く誕生します。少し古いですが、2015年に取得した80万件のうち、殿堂入り作者(再生数合計1万回以上)は775人誕生し、そのうちの再生回数上位10人が次のリストです。10人の楽曲はJOYSOUNDなどのカラオケ配信にも多く採用され、コンテンツの再生数合計が2千万回を超えます。ご存じの人気ボカロPばかりです。ランキング5位のryoさんは投稿作品数が11曲と少ないものの、うち8曲が殿堂入りを果たして合計3千万回近い再生数を獲得しています。2位のハチさんは米津玄師さん、8位の黒うささんは「千本桜」の作者です。

ニコニコ動画殿堂入り10

そして私たちはこの殿堂入り作者775人を対象に形成されるN次創作の連鎖を作者数13,434人、つながりの枝78,322本を絞り込んで作者別のネットワーク分析を行いました。ここではそのうち、ランキング5位のryoさんが出てくるN次創作のネットワークを見てみます。次の図には殿堂入り作者3人(ピンク)に対して、別の作者(〇や☆)が参照して創作する矢印でつながる創作連鎖が表示されています。5番がryoさんで、彼の作品に対して二次創作するユーザーが数多く集まっています。このうち、赤丸で囲った作者は複数の殿堂入り作者に対して二次創作を行なっている(2本以上の枝が出ている)ことを示します。

ryoネットワーク

 このように、ニコニコ動画コミュニティから「初音ミク」の発売をきっかけにクリエイティブ・ユーザーの創作意欲を喚起して多くのボカロPが誕生しています。

2.クリエイティブ・ユーザーがN次創作を行なうわけ(ミクロ)

 次に、クリエイティブ・ユーザーがボカロコンテンツを創作して投稿する際の動機や目的、またコラボ(協働)する際の心理などを深く知るために、グループインタビュー調査を実施した。2016年に秋葉原で6人のユーザーに集合してもらい、ディープな意見を語っていただきました。6名は職業的クリエイター(ボカロP)のほか、ビギナー、経験者などです。

2.1.  創作の動機や目的:   まず  ボーカロイド・ソフトウェアで創作を始めた契機は、初期(「初音ミク」リリース時)から始めたユーザーは、創作の意欲を動機として開始している。投稿を始めたときの目的は、認められたいという「承認欲求」よりも、自身の「自己満足」や「力試し」「仲間へのメッセージ」であることが多いが、創作を続けるには他者からの承認の有無が影響する。また、一度、認められても、その人気(再生数やコメント数)を維持するのは難しい。人気を意識しすぎて、それが叶わないと、自己満足や楽しみに戻るか、または自分の作品価値を理解してくれるファンの存在のために継続するようである。一方で、人気の有無よりも作品のクオリティや完成度にこだわり、職業として作品創作を続けるユーザーもいる。
 他方でボカロ人気が高まる時期(過去3年以内)に始めたユーザーの中には、創作意欲のほかに、「ボーカロイドソフトへの技術的な関心」や「初音ミク・ブランドを使った売名行為」「ビジネス」を目的に活動する人もいる。イラストや音楽バンドなどの活動をしていたユーザーは、売名行為として人気の「初音ミク」を利用するビジネス目的として割り切る人もいた。投稿を続ける過程では、この程度までできればよいという「自己満足」がある一方で、作品公開による評価や批評への不安も抱いていた。

2.2. 協働創作(コラボレーション):  ここで協働(以下、コラボレーション、コラボ)とは、1つのボカロ作品を一次創作、または二次創作するにあたり、動画を完成形に仕上げるための要素、すなわち、作詞、作編曲、楽器演奏、イラスト、動画など専門分野の仕事を分業したり支援したりするような行動を指す。そのプロセスは、協働の相手やパートナー探しに始まり、創作の途中、結果、その後の関係性に区分される。まず、相手探しには、クリエイターの経験や実力で異なる。
職業的クリエイターは、自分のファンである人、つまり自分に対する一定の評価をしてくれる人から探したり、自分自身が認めるファンになっているクリエイターへ依頼する。経験者は、自分と同等かそれ以上の実力を持つ相手を探す。ビギナーは、身近な友人・知人やあまりレベルが高くない人から気軽に依頼されることもある。つまり、相手探しには自分の実力や価値への冷静な分析が伺われ、自分と同等レベルの相手を探す行動から上下関係を意識しているようである。これら協働パートナーの中にはネットの世界のみでリアルに会うことのない相手も存在する。
 次に、創作途中には、顔も名前も知らない人と同じ目的を達成すための同志、あるいは「悪の組織」のような連帯感が生まれるといった発言もあった。正義の組織よりも目的のために真摯に取り組んでいるという理由からである。                                                                                                                そして、結果であるが、コラボレーションには当然ながら結果として成功と失敗がある。結果のいかんによって、相手とのその後の関係性に影響がある。作品がうまく完成までたどり着けば、友情や相互の理解が進んで友情や仲間意識が強まる一方、うまくいかない場合には、「お願いしている立場だから仕方がない」といったあきらめや、「クオリティが高くないことを承知で頼んでいる」という義理の意識、「不満があっても言えない」という遠慮、「それでも相手を仲間として認めていく」という庇護の意識などが見えている。                                                                                                            コラボレーションの成果として、多くのユーザーは、相互の影響や啓発、自分の世界の広がりを共通して挙げている。職業的クリエイターは、多様な人たちと関係をつくることで自分の世界の広がりを感じる。互いに知らないことを交換したり、今まで聴かなかった音楽ジャンルを好きになったりするプラス面がある。また、音楽やイラストの好みが100%一致するわけではないが、相手の好みに対して興味を感じて影響を受け、それが予想しなかったステップアップにつながるとも感じる。経験者は互いの得意分野を助け合える成果を感じ、過去経験者も新しい音楽ジャンルを聴くようになるプラス面があると話した。一方で立場の違いから異なる成果や期待もある。ビギナーは、相手から教えてもらうメリットを感じ、経験者は知名度アップや業界への関係づくりの利点を感じる。知名度があまりないと感じる経験者は、売名行為として相手と自分を宣伝する対象を増やし、多少の経済効果を期待できる人物と組む。あるいは音楽業界とのコネを作って紹介をもらう。
それが職業的クリエイターになると自己実現の成果をより感じるようになっている。アップロードする動画に求めるのは楽しいかどうかであり、コラボした人たちと「楽しかったね」「またやろうね」と言えればそれでよい。あるいは、完成度の高い作品クオリティをつねに求め続けるとも語っている。
このように、コラボレーションから得られる成果は、ビギナーは相手から教えてもらうことで互いに喜びを感じるが、経験者になるにつれてビジネスでのステップアップをより求めるようになり、職業的クリエイターにまでなると、ビジネスだけではない作品への完成度や楽しみといった自己実現を追求するところが興味深い。

 以上の作品の協働プロセスに関する発言をテキスト間関係のダイヤグラムとして抽出したのが次の図である。

作品協働ダイヤグラム


2.3. オリジナルと二次創作の関係:  このインタビュー調査でぜひクリエイティブ・ユーザーに聞いてみたかったのが、オリジナルと二次創作についてどのように捉えているのか、である。結論をいうと、二次創作もオリジナルと同等の価値をもつコンテンツとして見ていた。その関係は次の図にように表すことができる。

オジリナルと二次創作の関係

 職業的クリエイターの一人は「オリジナルな生みの親であり、二次創作は育ての親である」「カレーの発祥はインド(オリジナル)であるが、日本のカレーライス(二次創作)もどちらも美味しい」とユニークに例えていた。また、オリジナルと二次創作の楽曲を比較する楽しみや、二次創作で知り合った楽曲から元のオリジナルも好きになる、といった相互の価値を高めあう共創の関係として見ていた。

3.ボカロPを生み出すコミュニティ

 以上、N次創作の連鎖はボカロPを多数生み出す原動力になり、コミュニティという苗床を介して多様なコンテンツが生まれ、作品クオリティも向上していったと考えられます。こうして生まれたボカロPは現在、バーチャルYouTuberにも多数の楽曲を提供しており、バーチャルyoutuber市場の成長に少なからず貢献しています。

 最後に、今回の考察は文章、図とも私たちが発表した『コミュニティ・ジェネレーションー「初音ミク」とユーザー生成コンテンツがつなぐネットワーク』 (片野浩一・石田実共著、千倉書房刊)からの引用でした。本書は第34回テレコム社会科学賞(電気通信普及財団賞)入賞を賜りました。ちなみにnoteのクリエイターページのジャケットは、本書の表紙カバーイラストです。pixivでも活躍する「初音ミク」の人気イラストレーター、憂氏による本書のための描き下しです。「初音ミク」から生まれた創作連鎖とコミュニティが太陽系宇宙に広がるイメージの作品です。




 

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