見出し画像

【小説】クマのぬいぐるみ

エリザベスはこれっぽっちも寂しくなかった。
いつもベティがそばに居たから、友達がいなくても平気だった。

6歳の誕生日にプレゼントでもらったクマのぬいぐるみであるテディは、学校のクラスのどの男子よりも紳士でカッコいい存在だった。
いつでもエリザベスの悩みを最後まで真剣に聞いてくれたし、遊ぶ時も寝る時もずっと一緒にいた。

「だから寂しくないの。友達なんていなくても全然へーき。」

「そうはいっても、1人くらい仲のいい子ができたらママ安心できるんだけどなぁ。テディくんが大事なのもわかるけど、それは縫いぐるみでしょ。今は良くても、大きくなった時に周りに誰もいなかったら寂しいよ。」

どうして寂しくないと何度も言っているのに、寂しいと決めつけてくるのだろうか。
エリザベスは理解してくれない母親を嫌いになりかけていた。

部屋に戻るといつものように、おままごとをした。
テディと一緒に食事をしながらその日の出来事を振り返るのがエリザベスの楽しみであった。
この時のために1日をできるだけ華やか過ごそうと努めてさえいた。
テディにできるだけたくさん笑って欲しかったからだ。

しかし、今晩のテディは終始、不服そうな表情を浮かべていた。
母親との会話を聞かれてしまっていたらしい。
エリザベスは一人二役で、いつものように声を演じた。

「テディ、今日はなんだか元気がないね。もしかして、さっきママと話していたこと聞こえちゃってた?」

「あぁ、盗み聞きするつもりは無かったんだが、すこしね。すまない。僕が縫いぐるみだったばかりに、君を傷つけてしまった。」

「そんなことないよ、私はテディがいればへーきなの。」

「しかし、友達を作った方が君のためにもいいのではないか?周りの人たちに心配をかけるのは申し訳ないよ。」

「んー。それはそうだけど、テディみたいにスマートでクールな人、学校にはいないもの。みーんな泥だらけになるまで遊んだり、幼稚なお遊びではしゃいじゃったりしてお話にならないわ。」

「…いいや、違うね。」

スープをすくう素振りをしていたエリザベスは、脳天から背中にかけて矢で射抜かれたかのように硬直した。
唇を尖らせたまま動けなかった。

ありえない。
テディのセリフをまだ言っていないのに声が聞こえたのだ。

いつも紳士的な対応をするテディがエリザベスのことを否定するなんて、未だかつて一度もなかった。
あってはならないのだ。
咄嗟に部屋から逃げ出したかったが、正座の姿勢のまま、動けない。

混乱の最中、テディの声は続いた。

「いいや、違うねエリザベス。君は自分以外の存在を恐れているにすぎない。愛でるか、自分と同等。そこまでの存在で満足“しようとしている”だけだ。現に僕がこうして勝手に話し始めたら怖いだろう。縫いぐるみが話すから怖いんじゃない、コントロールが効かないから怖いんだ。寂しくないだとか平気だとか言い聞かせてはいるものの、本当はわかっているんじゃないのか?誰しもが自分に都合よく振る舞ってほしいから縫いぐるみみたいな下位の存在にばかり縋っ…!」

「もうやめてよっ‼︎」

エリザベスは衝動に身を任せて、窓から外を目掛けてぬいぐるみを力一杯、放り投げた。
外は土砂降りだった。
クマのぬいぐるみは容赦なく地面に叩きつけられ、道端で雨に晒された。

「…へへっ。これでよかったんだ。オレがいなくなった分、友達作って元気にやってくれ。達者でな、お嬢さん。」

この出来事がエリザベスにとっては壮絶なトラウマになってしまい、更にはテディが居なくなったせいで本当に孤独になってしまったので、鬱症状の診断が下され、不登校少女になってしまった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?