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素足の挑戦

挑戦とは、ぼくの経験で言うなら、自分の一番大事なものを失ってでもぶつかること。これまで大きな挑戦を2回しているが、どれも、その時立っている地面が壊れるような喪失感、「一番大事なもの」を置いてきた。1つは起業のためニューヨークへ渡った時だし、もう1つは葉山から大阪へ生活拠点を移した時。

安全地帯にいながら、「挑戦します!」と言っても、それは単なる「選択」だというのは前に書いた。

村木亜弥香さんは会社にお勤め。実家は滋賀県東部にある愛知郡愛荘町(旧:秦荘町・はたしょうちょう)。MAIDO12期(宇宙/そら組)卒業生。

2019年、大好きなおじいさんが他界された。農家をやりつつ、村木食料品店をやっておられた。地元を愛し、地のものを産業化する活動に積極的に取り組む人だった。亡くなるまで営まれた村木商店は、地元の人が足繁く訪れ、買い物だけでなく、あれこれ相談する憩いの場のような場所だったようだ。村木食料品店は実家なので、そのままお父さんが引き継がれたのだが、2020年秋、「もう、たたもうと思う」。もともと赤字だったところへコロナ直撃でイベントが相次ぎ中止になったことが響いた。電話を切ったあと、涙が溢れた。やがて、亜弥香さんの中にムクムク湧いてきた。「祖父の想いを未来へ繋いでいきたい」

おじいさんと、その想い、そして生まれ育った地元への愛を何か形にしたい。おじいさんが作っていた日本酒「はたしょう」を復活させよう。
「はたしょう」は滋賀県の愛荘町(旧:秦荘町・はたしょうちょう)という場所から生まれ、地元で愛された日本酒の銘柄。おじいさんは日本酒を通して、町の発展を目指していた。その想いを胸に、もう一度日本酒づくりをして高齢化も進む町を盛り上げたい。日本酒×挑戦の始まりだ。

とはいえ、日本酒を作ったことなんてない。「はたしょう」は現存しない。銘柄復活プロジェクトだ。どうすればいいのか。

幸い、力を貸してくださる酒蔵と農業の方が現れた。

亜弥香さんは酒米の田植えを自分でやることから始めた。村木商店のLINEでは、田植えの前、苗の様子から写真で報告してくれている。そして連休に入った5月、田んぼに苗を植え始めた。LINEはこちら。

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日本酒は2022年2月、ようやく製品になる。730mlで2,500本。商売人のぼくとしてはすぐに資金が気になったのだが、最低でも500万円は必要だという。いやそれでもたぶん、「最低でも」だろうなあ。他の目に見えないこまごました経費が加算されたら、もっとかかるはず。日本酒が売れて、代金回収するまで、経費は全部、「立て替え」なわけだ。2022年2月まで1円も入ってこない。これに会社員の亜弥香さんが取り組む。しかもウィークデーは会社の仕事をし、週末や祝日の限られた時間で。すごい! 実際、彼女とTwitterやLINEでやりとりする時間は会社の業務時間外の早朝だ。

何か応援できないかと思っていたら、クラウドファンディングを立ち上げたという。早速応援したのだけど、これを読んでくれている皆さん、もしよろしければ、リンクのページに飛んで、ご本人の想いを読んでみてください。

下の写真は昨日2日に送られてきたもの。

若い人が素手で、素足で取り組む挑戦に、胸が熱くなった。

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来年、できあがった日本酒「はたしょう」をいただくとき、きっとぼくはこの泥だらけの足を思い出す。この素足こそが、挑戦の姿だと思うから。

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