目の前に灯火をかざして。

今月に入って、突然怒涛の日々を繰り広げてかれこれ。もうすぐ1ヶ月だな。何を見ればよいのだろう、何を語れば良いのだろう、何を感じれば良いのだろう、一つ一つの出来事に、一人一人との出会いに、何度も何度もそんな疑問を抱きました。
ここへ来て僕は、本当言うといまだ自分の選択をまだ噛み砕けていなくて、言葉にするのも躊躇っていて、理解が追いついていない状態の自分にムチを当てて、それでもやっていけ、やってみろ。本気かどうかは別として、お前が選択したんだ、と言い聞かせて生きています。

今月から、僕は港区で六本木周辺を中心に、自転車に乗って走り回っています。色白で肌が白くて綺麗、と言われるのが自慢だったのに、半袖の中途半端な袖丈で焼けて、首元まで日に焼けて、それでも僕は、東北の生まれだったのだと、妙な実感も得ています。

そして、仕事のために資格を取ることになって、長い研修に通い始めたところです。

何を始めたかと言うと、ホームヘルパーのお仕事につきました。

本当の本当に正直な気持ちを言えば、この先ずっとその仕事をしていくかどうか?本気がどこまで伸びているのか、その先が自分でもわからない。
今すぐにでも嫌になって、どうして選んでしまったんだろう?って後悔するかもしれない。怖い気持ちを抱えながらやっている。

そもそも、座ってクーラーの効いたところで事務とかデジタル映写の入力作業で仕事していた映画館の方が絶対に楽だった。仕事としては。
若い学生のバイトの子と時々談笑して、無駄に自分が年老いたことも実感して、そういうことで満足していた時期が過ぎてしまったことは理解した上で。

だけどね。いつかは知っておきたい、触れておきたいなと思っていたことに、せっかくこんな迷いの深い今だからこそ、手を伸ばしておこうと思ったんだ。

僕の両親は以前癌を患って、しかも父親も母親もほとんど同時期くらいに、それぞれ罹患したことがあって。二人とも大事にはいたらなかったんだけれども、手術や投薬治療もやっていて。

でもその時に、僕は同じ市内に住んでいたにも関わらず、実家には月に1度くらいしか寄り付かずに、実家に暮らしている3人兄弟の真ん中の弟が一緒に住んでいるからいいや、くらいの気持ちでいたんだ。

でもそんな時こそ、本当は自分がなにかしてやれれば良かったのかな、って思って、いつかもし、またそんな必要がある時が訪れたならば、今度は少しでも、寄り添えるような姿勢でありたいな、と思うのです。


気分やでわがままで、いつもふらふらと考えることがどんどん変わっていってしまう僕だけど、少しくらいは心の中に、動かせない軸ができたらな、と思うのです。

それは、それは心のどこかでずっと、父親、母親、二人の弟を含めて家族関係を放棄してきた自分が、いつか確実に存在していた記憶の中の暖かい家族に、ほんの少しの時間でも戻れる時が来たらいいな、と思っているということなのです。


そんなこんなで、ホテルの仕事を蹴り、今のところで縁あって働くことになりました。

訪問介護に関しては、完全に資格がないとサービス提供ができないので、現在は顔を知ってもらうために同行させてもらっている毎日です。介護にまつわることよりも、障害支援のほうに興味があるような出会いもいくつか。まだ1ヶ月も経っていないくらいなのに、今までの人生で触れてきたことのない千差万別な状況の人と何人も出会わせていただいてます。

僕はその人たちと出会って、何ができて、何を感じることが正解なのか?

そもそも、正解なんて求めて行動すること自体が間違いなのか?

もう、わけわからないくらいいろんな思いに駆られながら、勉強しています。こんな自分が、少しでも、今まで甘やかしてきた自分を下敷きに変わっていけるように願いを込めて。

毎日、短い目標を見失わないようにして。日々、生きてみるんだ。


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