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ほのぼの童話(9) 「涙」

(写真/https://yonbo-df.com/tombo45/)

 お地蔵さまの縁日で有名な大草村に、トヨとヨンボという、二人の若者がおりました。
トヨは働き者で、朝早くからお日さまが伊勢の山並みの向こうに落ちるまで、毎日小さな畑で一生懸命働いておりました。
一方のヨンボはといえば、働くことが大嫌い。毎日村人たちと、賭け事に明け暮れていたのです。
 でも、二人は大の仲良しでした。
ある日のこと、トヨは、道ばたに苦しそうにうずくまっているおばあさんを見つけました。
「おばあ、どうしただ」
「あ、ああトヨ… 胸が急に苦しうなってな」
「そりゃ大変だ」
トヨはおばあさんをヒョイと肩に背負うと、スタコラサッサと歩き始めました。
「すぐ、お医者へ連れてってやるでな」
「す、すまねえなぁ…、実はお前が来る少し前に、ヨンボのやつが通りかかったんじゃが、約束があるとかゆうて、行ってしまった…」
「あいつはきっと、バクチで忙しいんだろ」
「トヨ、お前は本当に優しい男じゃなあ…」
おばあさんはトヨの背で、ポロポロと涙を流し始めました。その涙はトヨの広い背中にポタポタとこぼれ落ちました。
「ああ…おばあの涙は温かくって、気持ちいいわい」
「トヨ! お、おめえ、この汚いばばあの涙を、気持ちいいって、言ってくれるのか」
「ああ、おら涙が大好きだ。『辛い時の涙だって、いつか嬉しい涙に変わるんだよ』って、おっ母がよく言ってたし… それにな」
「それに?」
「涙ってのは、うそのない、本当の人間の心のあらわれだと、おら思うんだ」
「そ、…そう、その通りじゃ」
おばあさんはトヨの肩の上で、何度も何度も大きくうなずきました。

 月日のたつのは何と早い事でしょう。あんなに若くて元気だったトヨとヨンボも、すっかり年を取り、そして何と、全く同じ日に死を迎えたのです。
あの世に向う一本道を、ふたりは落ち着かない様子で歩いていました。
「おいトヨ、わしらはこれから一体、どこへ行くことになるんじゃろ」
「そりゃ極楽か地獄か、のどっちかさ」
「ああ、もっと良い事をしとくんだった」
ヨンボは、ブルッと体を震わせました。
しばらくするとふたりは、道が二つに分かれている場所にさしかかりました。
「お、お地蔵様!」
なんとそこには、トヨが毎日拝んでいた大草のお地蔵様が待っておられたのです。

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(https://4travel.jp/travelogue/10266588)


「トヨさん、お待ちしていましたよ」
お地蔵様の横から、若く美しい女の人がニッコリと微笑みました。
「あ、あなたは?」
「お忘れですか。いつか私が道ばたで苦しんでる時に助けていただいた、ほら、あの」
「お、おばあ!」
トヨは、女の人を改めて見つめ直しました。
「そんなに見ないで。こちらの世では、皆いちばん美しかった頃の姿になれるのですよ」
横で、ヨンボがモジモジしながら言いました。
「へへへ…、あ、あのー、お地蔵様ぁ」
「おや、あなたは誰でしたっけ、確か一度もお参りに来られた事ありませでしたよ、ね」
お地蔵様が、ウインクしながら言いました。
「はっ、これからはもう毎日、そりゃあ、しっかりと、拝ませていただきますんで」
「これからっていわれてもねぇ…」
お地蔵様は袖から、何やら取り出しました。
「あっ、そ、それはケータイ電話!」
「そうですよ。こちらの世も、グローバルな時代を迎えてますのでね。今からあなたを迎えに来てくれる方に、連絡を取りますから」
えー、二、五、九番と」
「えっ…ひょっとして、ジ、ゴ、ク?」
「ピンポーン!」
お地蔵様が明るく叫ぶと同時に、ヨンボはその場にヘタッとしゃがみこんでしまいました。
「ヨンボとやら、心配はいりません。そなたは確かに、いったん地獄の入り口まで行かねばなりませんが、そこで閻魔様の取り調べを受け、悪人で無い事がハッキリすれば、またここまで戻ってこられるのです」
「え、閻魔様の取り調べって」
「ああ、浄玻璃の鏡という、生きていた頃の行ない全てを写し出す鏡を、閻魔様がご覧になるのですよ」
「ああ、もうだめだっ」
ヨンボは頭を抱え込みました。
「大丈夫だヨンボ、お前は何も悪い事はしていない。取り調べが終ってお前が帰って来るまで、おらここでちゃんと待っているから」
トヨが言いました。
 その時です。地面の下の方からズシン、ズシンと物凄い物音が響いて来たかと思うと、天をつくような赤鬼が姿を現しました。

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(https://www.photolibrary.jp/img379/277685_3555809.html)

鬼は、ヨンボの方をジロリと睨み付けました。
「さーあヨンボとやら、わしと一緒に行こう」
「い、いやだ。いやだあぁぁぁぁ」
ヨンボはその場から、逃げ出そうとしました。
「ええい、往生際の悪いやつめ」
赤鬼は、あっという間にヨンボをひっつかむと、その分厚い背中に背負いました。
「さあ行こう、楽しい地獄、愉快な地獄へー」
赤鬼は歌いながらヨンボを背に、今来た道を、帰りはじめました。
「ヨンボーォォォ、待っているからなぁ」
そう叫ぶトヨの横で、お地蔵様と女の人が、静かに何度も、うなずいておりました。
「ト、トヨぉぉぉ」
ヨンボの目からはポロポロと大粒の涙があふれ、赤鬼の背中にこぼれ落ちました。
「うへぇっ、気持ち悪い」
赤鬼が叫びました。
「何言ってんだ、流したくって流してる涙じゃねえんだっ。あのな、涙ってのにはな、うそやいつわりが無いんだぞ!」
ヨンボは、もうどうでもなれと怒鳴りました。
「なるほど… 涙にはうそが無い、か」
赤鬼は、なぜか感心したようにうなずきました。
「ま、今のはトヨがいつも言ってたことなんだけど、さ」
ヨンボは照れくさくなって、言いました。
「そうか。ヨンボとやら、そのトヨとは良い友達だったのか?」
「ああ、今だって、そしてこれからもずーっと友達。永遠に親友さっ」
赤鬼は大きくうなずきました。
「なーるほど。わしも青鬼という親友がいるから、こんな辛い仕事でも毎日元気にやっておれる。友達ってのは、いいもんだよな」
赤鬼の思いがけぬ優しい言葉に、ヨンボは恐さが和らいで行くのを感じていました。
「閻魔様には、わしからもよく申し上げておこう。こいつはうそのない涙を流せる、友達を大切にするいい奴です、とな」
ヨンボは赤鬼の肩を、ぐっと抱きしめました。

(作者ひとこと) 70年代のフォーク・デュオ「とんぼちゃん」は、私の大好きなグループです。メンバーのトヨとヨンボのキャラクターを拝借して、他愛のない童話を書いてみました。もう20年も前の一編です…

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