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山菜夜話1 ゼンマイ その1

山菜の筆頭顔役は何であろう。レジャーとして愉しむ山菜採りならばワラビがその主役格であろうし、メジャーな山菜を答えとするならばフキなどでもよいのかもしれない。その存在感からウドを山菜の王者と挙げる方もいるであろうし、収穫量の多さと収穫時期の長さからミズの存在もまた捨てがたい。根強いファンのあるタラの芽や、姿のよさからシドケなどと答えるマニアな方もいるだろう。いずれも山菜を愛するがゆえのことと、自分なりの答えを持っている方には敬意を表するばかりであるが、私が今回の記事で取り上げる山菜とは、たった今列挙した山菜たちとはまったく異なるものである。初回に取り上げる山菜を、私はゼンマイにすると決めていた。決めていたがゆえの冒頭の問いということになる。このゼンマイという山菜、よほどの山菜かぶれでもなければ、これを折り採ることを控える山菜なのではなかろうか。新鮮さをよしとする食材ではなく、揉んで乾かしてまた揉んでと、食するにあたってお手軽さという言葉とはまるでほど遠いのが実情だ。だいたいは薄暗い日陰斜面に偏って生え、泥土のなだれ落ちるかのような急崖にその姿を見せるから、ゼンマイを採ろうと山に立ち入った際には、あるいは急斜面に手をついて伸びあがり、あるいは腰を落として崖下に向けて危うさ承知で手を伸ばす。採集するに労多く、食材とするにまた労多し。軽い気持ちで採集するには、はなはだ敷居の高い山菜と言えるだろう。それでもなお、いや、だからこそゼンマイは、山菜の顔役であるべきだと考えるのだ。ゼンマイ採りは、手間のかかる儀式と、くぐり抜けなければならない艱難とに護られた、ひとつの聖域である。手軽さを喜ぶ現代人を、寄せつけなければ寄せつけないほどに、崇高さを身に纏う。一筋に勢いよく伸びきったゼンマイたちの株立ちする姿は、まるで神の磐座とでも言ってもいいほどに、幽玄で、深淵で、荘厳なたたずまいであると見惚れてしまうのである。

ゼンマイの沢

ふと見上げれば、はるか急斜面の上の方に、どうしても見逃して通れないようなゼンマイの群落が眼に入ることがままある。そうなると因果なもので、どうしてもそのポイントまで到達しなければ今日はもう帰れないというような気分にさえさせられる。傾斜のきつい崖のような斜面でも、その基部を真横に突きだし、やがて天に向かって曲がって伸び上がっている樹木の幹は、見渡せばいくつもある。急なゼンマイ斜面の休憩ポイントはここで、このやや直角気味に折れ曲がる樹木の根元を拠り所として脱力し、今居る斜面ステージ制覇の青写真を描く。どのように足を運んでゼンマイ・オールクリアーとするか。スーパーマリオのボーナスステージのように、コインならぬゼンマイを集めにかかる。急斜面におけるゼンマイ採りは、面クリア形式のアクションゲームみたいなものかもしれない。急な傾斜に抗い切れなかったのか、雪の重みに堪えきれなかったのか、樹冠から谷底に倒れ込んでいる樹々の数もまた多いから、この倒木の障害物を乗り越えたりくぐり抜けたりと、難易度はさらにハードランクとなっていく。時季によってはヤマザクラの散る花びらが、ふわりと風に乗って落ちてくるから、それが一瞬の憩いとなってくれる。沢筋が近くなってくれば、ミソサザイの啼く声がする。倒木に巣でも組んでいるのだろうか、ミソサザイが倒木のまわりを必死にさえずりつつ跳ねまわる。ここまで来れば、ゼンマイを入れた袋もかなりの重さだ。枝沢の音を聴きながら、やれやれと上を見上げれば、ヤマザクラの花が散り急ぐことなく咲き誇っている。日陰斜面もまたいいじゃないか、私はそう思っている。

倒木

ゼンマイには男女がある。男ゼンマイと女ゼンマイだ。男ゼンマイとは、胞子葉のことであり、ゼンマイ採りの間では、これは折り採らない決まりとなっている。これを折り採れば、ゼンマイの種の存続に影響を及ぼす。女ゼンマイとは、栄養葉のことで、これが一般的なゼンマイの姿ということになる。この女ゼンマイも、株からすべては折り採らず、幾本かは残しておいた方が都合がよい。光合成をおこなう栄養葉をすべて折り採ってしまっては、ゼンマイが栄養を得る術を失ってしまうわけであるから、ゼンマイ自身のためにも、来年の収穫のためにも、ここはぐっとこらえてそのゼンマイ谷を守り育てていく気持ちを優先するべきである。ゼンマイは、数本まとまって株立ちしているから、5本の指の股のあいだに挟むようにして、ぱんぱんぱぱんと、リズミカルに4本折り採れたときが、一番に心地よい。繊維密度の多い植物なので、手折ったときの音と感触は、癖になる心地よさだ。あまりに癖になりすぎて、帰りのクルマの中で手を伸ばし、車窓を流れる電柱を折り採りたい欲求に駆られるから気をつけねばならない。

ゼンマイ収穫

ゼンマイと見間違う種類のシダに、渓流に適応してゼンマイから分化したと言われるヤシャゼンマイと、綿毛が毒々しいほどの橙色に染まるヤマドリゼンマイのふたつがある。ゼンマイは、渓流のすぐそばよりも、湿っている程度の土の方を好むようで、渓流のまわりの水辺には、このヤシャゼンマイという亜種が適応しているのだそうだ。どちらも食して問題のないシダ植物ではあるらしいが、明るいオレンジの綿毛を纏ったヤマドリゼンマイには、固定観念もあいまって、やはりどうしても手が伸びない。山形などではこれを好んで採集しているなどと話を聞くし、全国的にもゼンマイの市販の束にヤマドリゼンマイが混じって売られているとも聞いているから、自分もそれと気づかずに、折り採ったゼンマイの中に、これを混入して食べてしまっているのかもしれない。それはわかっているのだけれども、やっぱり明るいオレンジ色の綿毛を見ると、蝶や蛾の鱗粉あたりが連想されて、どうしても手折ってゼンマイ籠に入れる気にはならないというのが、ある種の悩みの種である。

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