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信州には蕎麦とおやき以外、何もないから…などと、信州人にはよく言われるけれど…。【野菜・山菜】

【野菜・山菜】
信州の野菜を取り上げようとしたときには、冒頭にどの野菜を持ってくるか非常に悩むところである。
食の話題をするときに、野菜というものは主役として語られることは少ない食材ではあるものの、信州産の野菜は主役を張れるだけの存在感を持ってそこに在る。
信州が長生きの土地柄となった理由に、信州人が、ほかの県の人たちよりもよく野菜を食べるからであるという理由があるけれども、それもなるほどと頷けることで、信州産の野菜は驚くほどに美味しいと感じてしまう。
豚肉とレタスのしゃぶしゃぶなんてやっていると、レタスのあまりの美味しさから、気持ち、レタスの方が主役となってしまっているということがある。
滋味ゆたかと言おうか、レタス単独での美味しさには驚く。
高原野菜は、別名・高冷地野菜とも表現されるけれども、標高の高い信州の風土に非常に合った栽培品と言えるであろう。
八ヶ岳山麓や浅間山麓に作付けされる高原野菜は、その作付けされた景色自体もまた絶景と言えるくらいに、整然としていて美しいと感じる。
レタスは生産量全国1位、白菜は生産量全国2位を誇っている。
浅間山北麓を越えていく真田道を抜けて、お隣の群馬県に至れば、生産量全国1位のキャベツ畠の美しい作付け風景が広がっていて、もしもここまでが信州であったならば、高原野菜無双だったんではないかと思ってみたりしている。


緯度や標高に左右されるものか、この土地と言えばこの野菜というケースも多く、土地柄の特色が現れるところも面白い。
安曇野市のわさび、諏訪地域のセロリ(セルリー)、諏訪地域のパセリ、中野市のアスパラガス、信濃町のとうもろこし、安曇野市の玉葱、松代地域の長芋、富士見町に代表される諏訪地域の赤ルバーブ、野辺山の寒締めほうれん草、伊那市や軽井沢町では、ベビーリーフや、食べられる花エディブルフラワーの栽培も盛んである。
食べられる花と言えば、元祖は、大桑村の名物・桜の花の塩漬けが挙げられるであろうか。
須原宿の花漬けの湯は、木曽街道の名物として、往来する人々の疲れを癒したことであろう。
実にバラエティーに富んでいる。
わさび、パセリ、セロリ(セルリー)は生産量全国1位、アスパラガスは生産量2位を争い、ジュース用として使われる加工用トマトとしてなら生産量2位ということである。
考えてみれば、スーパーで購入する刺身のトレーに入っているパセリの量が、異常に量の多い気がしていた。
パセリの風味が大好きな私にとっては、たまらないご褒美なのである。
信州では、持ち前の原理主義が顔を覗かせてのことなのか、セロリのことを正式な発音のセルリーと呼ぶことが多い。
サラダやスープとして用いるだけでなく、漬け物にして食べることもあり、セルリーの浅漬けや酒粕漬けがスーパーの漬け物コーナーには並んでいる。
信州とは関係なく、私が個人的に好きなセルリーの食べ方は、セルリーの茎のきんぴらなのだけれども、信州産のセルリーならば、とても香り高いきんぴらになる。
セルリーの驚きの食べ方であると思うのは、セルリーのジャムであるが、これがまた驚きのうまさで、セロリ好きにはたまらない。
パンに塗って食べる本来の食べ方よりも、ご飯のお供にもなれば、酒のつまみとしてもいいのではないかと思える。
ルバーブという食材、いや、植物は、信州にやってきて初めてお目にかかった植物であるけれども、これもまたジャムにして食べることが多い。
酸味のあるルバーブのジャムは、セルリージャムとは異なり王道のジャムであり、植物の茎から作られたジャムが、ここまで果実系のジャムに追いつけるのかと感動してしまう。
わさびは、信州を象徴する野菜であるかと思う。
信州の特産品を訊かれたときに、北信の人の脳裏にはすぐには浮かばないようであるけれども、中信の人であれば、蕎麦とわさびという回答が返ってくるかもしれない。
わさび漬けと一般的に呼称しているけれども、正確には、わさびの酒粕漬けと言うべきなのかと思う。
安曇野のわさび漬け(わさびの酒粕漬け)は、旨味と言うのか、後味が素晴らしくてびっくりしてしまう。
安曇野の日本酒はあまり個性が強くないなんて思っていたけれども、これが同郷のわさび漬け(わさびの酒粕漬け)をつまみにすると、わさびの旨味や風味を引き立てる。
道の駅的なところに行けば、季節ともなれば、「わさびの花」が店頭に並べられていて、これをお浸しや浅漬けにして食べるのも、信州ならではと言える。
また、安曇野市穂高にある大王わさび農場は、その名称とは裏腹にカップルの往来の多いスポットともなっていて、わさびのソフトクリームは信州定番の味ともなりつつある。


わさびの花もひとつであるが、信州にやってきて、面白いなと感じたもののひとつに、道の駅などに並ぶ野菜の個性が挙げられる。
東北にあってはあまり見かけることのなかった植物たちが、信州の伝統野菜として並んでいる。
中野市のぼたんこしょう、小布施町の小布施丸茄子、豊野町のまこもたけ、坂城町のねずみ大根、上田市のみどり大根、飯田市の千代ねぎ、下伊那のていざなす。
飯田市で栽培されている千代ネギは、関西系の青葱(葉葱)と、関東系の白葱(根深葱)との融合から生まれた長葱で、幻のネギとの異名を持つ。
そんな幻のネギが生産されているためか、飯田市周辺の人はネギに対する愛情が深いようで、飯田のねぎだれという食べる調味料が作られている。
南信州ではねぎだれおでんが定番なのだそうであるが、ご飯や豆腐にそのまま乗っけて食べても美味しく、特に食欲の落ちる夏場などには、ねぎだれ冷や奴がたまらない。
地元限定の野菜ブランドも多く、ゴボウならば中信地域の山形村にとどめを刺す。
山形村のゴボウとナガイモは、乗鞍岳由来の火山灰質土壌でまっすぐすくすくと育つので、長野県内に流通しているゴボウはほぼ、山形村のゴボウなのだそうである。
いろいろある信州の伝統野菜ではあるが、その中でも特筆したいのが、信州の青唐辛子類である。
新潟県に、醗酵唐辛子の調味料「かんずり」があるのなら、信州には青唐辛子があるといったところであろうか。
ぼたんこしょうや辛胡椒、青唐辛子など、土地によって名称は異なるようだ。
赤い唐辛子に似た果実の方を用いることが多いけれども、私が個人的に好きなのは、「辛胡椒の葉」とか「葉唐辛子」とか呼ばれている茎葉の方である。
道の駅的なところでは、「辛胡椒の葉」とか「葉唐辛子」という表記で販売されているけれども、これを炒め煮にして食べるのが気に入っている。
ぼたんこしょうの食べ方と言えば、「やたら」である。
山形県の名産として有名な、茄子、胡瓜、紫蘇、花茗荷、生姜、長葱を刻んで作られる「山形のだし」に、イメージ的には似ているだろうか。
オリジナルレシピで作られる家庭の料理という側面が強いのか、あまり市販されているのを見たことがない。
やたらうまいというところから付けられた、「やたら」という名称の割りには、やたら見かけるということはない。
代わりに信州のスーパーでよく見かけるのは、山形のだしの方である。
青唐辛子を用いたご飯のお供に、安曇野の方で作られている、とっからこしょう味噌という瓶詰がある。
信州味噌の風味が強く、またキュウリや大根、紫蘇の実などが味噌漬けになって入っているので、お茶漬けにすると最高である。
いや、お茶漬けというよりも、味噌汁をぶっかけたねこまんまのイメージに近い。
お湯を注いだときの紫蘇の実の香りがたまらない逸品で、食欲のわかない朝でもガツガツいただける湯漬け飯である。


信州を象徴する野菜と言えば、本来、まずまっさきに挙げられるべきものは、野沢菜であったかと思うが、都合上、かなり後から紹介することになってしまった。
蕎麦とおやきに続く名産として、思い出したかのように追加で挙げられることの多いものはと言えば、やはり野沢菜漬けを置いてほかにはない。
スーパーや物産館などでも割りと浅漬けの野沢菜が売られているけれども、本当に癖になるのは、醗酵によって漬け汁が黄色(黄金色?)になった本漬け(古漬け)の野沢菜である。
野沢菜の本漬けは、とにかく後味が素晴らしく、酒のアテはもちろんのこと、お茶請けとして出されたときには、野沢菜もお茶も止まらなくなるほど癖になる。
野沢菜は、信州の伝統野菜の代表選手のような存在であるけれども、その分類的な立ち位置は、アブラナやカブなどで構成される大きなグループ・アブラナ科に含まれる植物である。
そのようなわけだから、春に見られる野沢菜の花は、菜の花であり、あまり大きくはならない野沢菜の根茎部は、カブである。
飯山市などの北信地域では、野沢菜の菜の花もよく食べられていて、薹の立った野沢菜という意味であろうか、とうたち菜という名称で販売もされている。
信州のスーパーでは、ほかの県よりも菜の花のお浸しなどが総菜として並べられていることが多いけれども、もしかすれば、このとうたち菜が含まれているのかもしれない。
野沢菜の根茎部は、あまり流通に乗ることはないのであるが、なかなか美味しいらしく、野沢菜カブとして農家の方たちは口にすることも多いということである。
このアブラナ科というグループは、地域的に特化した野菜が数多く含まれていて、その中のひとつが、北信地域の気候風土に根差して誕生した野沢菜という伝統野菜であり、同じ信州の中においても、中信・松本市安曇で栽培されているのは、北信の野沢菜よりも一回り小さな、稲核(いねこき)菜という別の伝統野菜となっているから面白い。
また、アブラナ科というグループは、漬け物界においてはタレント揃いでもあり、代表的な種を挙げるだけでも容易にそれは理解できると思われる。
野沢菜、稲核菜、とうたち菜、菜の花、辛子菜、九州の高菜、山形青菜、京水菜、小松菜、カブ菜、いわゆる赤カブ漬けに用いられる飛騨紅カブ、すんき漬けに用いられる木曽紅カブ、甘酢漬けで食べられる山形の温海赤カブなどである。
木曽のすんき漬けは、塩を用いることなく乳酸菌のみによって、カブの茎や葉を醗酵させる漬け物として特筆される。
すんき漬けは、よく酸味が美味しいと言われるけれども、実はその奥にある旨味こそが、なんとも言えない食後の爽快感をもたらしているのではないかと思う。
塩味がないのに旨味があるすんき漬けの感覚は、きのこや貝でよいダシが取れたときのダシ汁に近い感じで、一度口にするとこれもまた癖になる漬け物なのである。


醗酵食品と言えば、信州味噌も忘れてはならない。
もはや、関東圏の米味噌は信州系の淡色味噌に席巻されているとも言え、信州の特産というイメージも薄れてしまっているだろうけれども、そもそも、マルマン、マルコメ、ハナマルキ、タケヤ味噌、ひかり味噌など、他県でも有名な味噌メーカーが、信州から生まれているのだ。
信州特産としてのありがたみをあまり抱かせないくらいに、スタンダードになり過ぎてしまっていると言えよう。
信州味噌の発祥は、東信・佐久の安養寺であると言われていて、金山寺味噌のような味噌が作られていたのではないかと言われている。
そんな言われもあって、佐久地域では安養寺ら~めんという、裏漉し前の大豆感を残したような濃厚な味噌ラーメンが食べられる。
もちろんスーパーでの味噌コーナーの充実ぶりも、他県からやって来てみるととても豪華なものである。
隣県に愛知県と山梨県があることから、赤だしなどの豆味噌も、ほうとうに用いられる麦味噌との合わせ味噌も、きちんとラインナップに加えられている。
そんな味噌愛に溢れた信州人であるから、味噌コーナーと言えば、通常は醤油などと一緒に調味料コーナーを形成していることがほとんどであると思うけれども、信州では、豆腐や納豆などと同じように、味噌を冷蔵コーナーに並べているスーパーもある。
大豆を醗酵熟成させたものとしては、醤油の実(しょうゆ豆)が北信の中野飯山地域では食べられていて、この地域の、新潟や山形との食文化の連続性を感じさせる。
逆に、食文化の連続性ではなく、遠く離れた土地における食文化の収斂性を感じるのは、エダマメを用いる諏訪地域の「のたもち」である。
エダマメをすり潰して餡状にし、半搗きにしたご飯の上に乗せて食べる。
同じくエダマメをすり潰して餅にまぶして食べる、宮城県の「ずんだもち」によく似た食べ方であるが、決定的に異なるのは、ベースに用いるのがうるち米かもち米という部分となっている。


わたしが生まれ育った秋田や青森とは緯度が異なるので、信州の山菜の植生は若干異なっているように思う。
そんな中にあって、中野飯山地域あたりでは、北東北と似ている山菜の名前が多く見受けられるので、安心したような気持ちになる。
豪雪地である飯山市周辺の北信州の山菜の種類は、同じく豪雪地である東北に見られる山菜の種類に近いようだ。
けれどもやっぱり、北東北では熱心に採られていた山菜が、信州のあたりではあまり顧みられない傾向にあったりすると、寂しい気持ちになったりもする。
山菜はやはり、雪の深いところこそが本場であろうかと思う。
また、そう考えることが、雪国に育った者にとっての、せめてもの矜持であるとも言える。
山菜こそは、雪国の宝である。
信州にきて初めて知ったのだが、ワラビは、日陰の藪に生育する太くて紫がかったワラビと、草地に生育する細くて青いアマワラビという種類に分けられるのだそうだ。
今までワラビの太さと色は、生育状況による違いと思っていたけれども、そもそも種類が違うというのは、なかなかの驚きであった。
そして信州には、アマワラビ園のようなものがあって、ワラビ摘み体験が出来る園地が整備されていたりもしている。
一般的に山菜として扱われることの多い山ごぼう(モリアザミ)であるが、信州では、野菜として身近な食材に含まれる。
味噌漬けにした山ごぼうは、ネギトロ、納豆、干瓢、キュウリとともに、細巻き寿司の定番として総菜コーナーに並ぶ。
飯田市のあたりではオコギと言って、山形のようにウコギの新芽を食べるということであるが、わたしが見たのは栽培されていたウコギであったから、山形人のように庭の生垣からウコギの新芽を摘み取ってきて食べているかどうかは不明である。
関係ないけれども、山形で食べたヒョウ(スベリヒユ)炒めとアケビ果皮の肉詰めは、絶品であった。
上杉鷹山公の奨励した「かてもの」として、山菜を食べる文化が根強い山形県では、ウルイやアケビ、ヒョウなどの山菜類の栽培が多いけれども、
オカヒジキという山菜については、信州の地が、山形県に次ぐシェアを保持しているのだという。



ネマガリタケは、タケノコという扱いをされているけれども、実のところ、チシマザサという笹類のササノコであると言う。
実のところはどうあれ、竹類の自生しない東北においては、たとえ笹の子であったとしても、ネマガリタケ・イコール・タケノコであり、ネマガリタケは東北人にとても愛されている山菜なのである。
けれども、信州を訪れてみて、信州人の、とりわけ北信の人たちの、ネマガリタケにかける情熱は、東北人のそれを少々凌いでいるかもしれない。
自宅に常備しているサバの水煮缶詰と一緒に味噌汁の具とし、サバタケ汁として食べるのが、北信の人たちのソウルフードだ。
北信地域のスーパーでは、サバの缶詰は、まさに山積みになって置かれている。
缶詰コーナーでは季節を問わずに壁を成し、ネマガリタケの旬ともなれば野菜コーナーにピラミッドのごとく聳え立つ。
一方で、豊丘・高森などの南信・下伊那地域は、孟宗竹生産の北限として名高い。
タケノコといえばモウソウチクであり、タケノコ掘りの園地も整備されているから、ネマガリタケ中心の食文化とは一線を画している。
北信のネマガリタケ、南信のモウソウチク、ここでも、植生と文化のせめぎ合いがとても面白く感じられる。
さらに、安曇野市のなどの中信や、上田市などの東信の道の駅で見かけるのは、淡竹(ハチク)の筍である。
このあたりの三つ巴感は、見ていてとても楽しい食文化だったりするのである。

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