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東信は、三重塔王国か その③

明るさと輝きに彩られた上田・小県方面の三重塔たちを拝観したら、次の日は、薄暗く謎に包まれた趣きの佐久方面の三重塔たちを見に行こう。
明けて次の日は、上田市からは少し離れたところにある御代田町まで移動する。クルマなら一時間ほどの距離である。


五番目に見届けるのは、真楽寺三重塔だ。
この真楽寺は、奇祭として知られた龍神祭りと、甲賀三郎伝説が有名な寺院である。よく考えてみれば、お寺さんなのに、諏訪系列の龍蛇神、お寺さんなのに、龍神祭りが行われている寺院である。
境内には、大沼の池というどこか神秘的な池があって、この池を見ていると、水面に映り込んだ周囲の樹々の深い緑と、水底の苔の緑とが重なり合って、遠近感がわからなくなってくるような気がする。東山魁夷の絵画のように池の外と内とが響きあって、ホログラムのような次元を作り出しているかのようだ。龍神祭りの龍神は、この大沼の池が舞台となるのだが、この神仏分離が徹底されずに残っている曖昧さが、またたまらない。
三重塔は、最上層のみが扇垂木、二重・初重は平行垂木という造り。窓もなく組み物に埋め尽くされた鉄仮面のような外観が、その素性の神秘性を強めている。伽藍にある急な階段を登ると水分神社があって、ここから三重塔を少し上からも眺めることも可能である。
水気をよく蓄え込んだ周囲の森が、気が付けば霧をつくりだしていて、やはり、どことなく神秘的なムードの漂う三重塔である。霧に包まれた塔という個性を愉しむ三重塔なのかもしれない。

真楽寺三重塔 霧のオーブ
真楽寺三重塔 龍の庭から

六番目はお隣・佐久市にある貞祥寺三重塔となる。
光を照り返す苔の緑がとても美しい寺院である。
この寺院には、移築された島崎藤村・小諸時代の旧宅や、仁科関夫慰霊のための回天之碑が建っているので、三重塔に少し飽きてきた方には、気分転換になるであろうか。
三重塔のある高台には、三方向から登ることが出来る。下から土塁の小道を登れば、杉の巨木の合間に見え隠れする三重塔を愉しめる。本堂裏の階段を登れば、正面に捉えた三重塔の荘厳さを愉しめる。一番楽なのはさらに裏手の迂回路をまわる道だが、なぜだか三重塔ものびのびとして見えるから不思議なものだ。写真を撮る際には、三方向の登り方を、太陽の向きによって変え、逆光を避けるのがよいと思う。光の差し込む状況により、三重塔の表情が変わっていくので、あっちへ行ったりこっちへ来たりと時を忘れて見入ってしまう。
近づいて見てみると窓枠の中に彫り込まれた、花鳥風月の立体的な彫刻が、とてもみごとな三重塔である。端正な三重塔なので、飽きてきたと言わずに、ぜひ味わってみて欲しい。

貞祥寺三重塔 光の壮観
貞祥寺三重塔 緑の静寂

最終七番目の五重塔は、同じく佐久市の新海三社神社三重塔だ。
イレギュラー中のイレギュラー、神社の中に建つ三重塔で締めくくりとさせていただこう。
神仏分離・廃仏毀釈の折りに取り壊されそうになったものの、宝庫と言い張ることによって取り壊しを免れたという三重塔である。
裏手の山の上に登れば、だいぶ高い位置から三重塔を見ることが出来、三重目の屋根と同じ目線に立てる。その目線は、拝観という言葉からはほど遠く、見下ろす位置になってしまっている。仏舎利や本尊を収めている仏塔を見下ろすなどと、本来であれば恐れ多いことではあるが、この塔は宝庫なので安心である(?)。
真楽寺三重塔とは対照的に、初重のみが扇垂木となっていて、重心の低さを感じるところも面白い。逆に言うと、真楽寺三重塔は、若干、足もとが華奢な感じがしないでもないのであるが・・・。
この新海三社神社に祀られているのが、建御名方神と荒船女神の御子神・興波岐命であり、佐久之御渡りなどを介して諏訪信仰とも繋がりを見せてくるので、あなどってはならないお社である。裏山の奥には、ひっそりと古墳群があるなど、神社創建以前の秘められた歴史までもが窺えて、歴史ロマンの穴場とも言える。
信州のアンダーワールドがうっすらと垣間見えたところで、東信・三重塔ツアーの終了となる。明るさと輝きに彩られた上田市方面の三重塔たちと、薄暗く謎に包まれた趣きの佐久市方面の三重塔たち。とても対照的で面白いが、最後に、謎に包まれて終わるところなど、なかなか信州っぽい感じがしてよさげであろうかと思う。

新海三社神社三重塔 春の光
新海三社神社三重塔 冬枯れ

これまで触れてきたように、東信は、三重塔王国であると思う。
数が多いというだけではなくて、ひとつひとつの三重塔に、それぞれの個性が備わっている。
三重塔と五重塔とをくらべたとき、わたしは三重塔が好きである。
五重塔はどうにも無理しているんじゃないかと感じてしまって、多少の不安を覚えてしまうのだ。
三重塔ぐらいの高さと肉付きが、バランスがよくて安心して見ていられる。
三重塔を見慣れてくると、多彩なバリエーションを味わってみたくなるが、東信地域は、そのバリエーションさえもご丁寧に用意してくれていた。
わたしが育った弘前市には、最勝院五重塔というものが重要文化財として存在しているが、どうしても孤軍奮闘の感がある。
上田市とその周辺には、10基の文化財としての三重塔があるわけで、そこには、鑑賞したり比較したりする愉しみが生まれる。
東信が、三重塔王国だなぁと思うゆえんは、そこである。


参考
東信の外にある、信州の文化財としての三重塔。
高山寺(上水内郡小川村)、若一王子神社(大町市)、光前寺(駒ヶ根市)。


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