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遠くの未来より今夜の一杯

半年ぐらい前、らくごの沼に沈みはじめて、ほぼ同時期にランニングもするようになった。そして昨日、本格的なトレランのレースに参加。距離32キロ累積標高2,120mのコースで、8時間も走って完走した。

レースは2回目で、もっと競争意識が働いているのかと思ってたけど、そうでもない。まったくそんな余裕もないし、そして興味もない。とにかく仲間と走るのは、ワタシを幸せにしてくれる。

らくごとランニングを始めた理由は違うけど、共通点はいろいろある。その中でも、「予定を決めない」ってのは、心地よい時間なのだ。らくごの寄席は、ホントにふらっと行ける。いつ行ってもいいし、いつ帰ってもいい。いつだって待っててくれる安心の空間。ランニングもストイックなコトはしなくて、朝でも夜でも走りたい時に走るし、しんどくなったら歩けばいい。それでも少し走れば、心地よい時間になる。

8時間走るのも、8時間らくごを浴びるのも、包摂のなにものでもない。ワタシは何者でもないだろうから、そんな時を愛する。objective first ばかりじゃ息ができない。未来はもちろん大切だけど、今だけってのも大切にしてやりたい。


毎日は、選択の連続だから「予定を決めない」のは、ものすごい価値ある選択だと思うし、なによりワタシには、フィットしてる。

タイムリッチに生きることって、そういうことかな。コレを読んでそんなことを自分に置き換えて考えてみた。

人生は、詰め込もうと思えばいくらでも詰め込むことができて、忙しい、忙しいと言いながら日々は過ぎ去ってしまう。
それが人生の密度だという人もいるだろうけど、私はもっと無駄で意味のないことに時間を使うことで別の『濃さ』を見つけたい。なんて言いながら日々の暮らしに流されて焦ったり慌てたり生活が適当になったりしてばかりなのだけど。でも何かを『すべき』時間から解き放たれて、幸福を感じることだけに集中する時間が、今の私たちにこそ必要なんじゃないかと、秋晴れの空の下を歩くたびに思うのだ。


筋肉痛の足を引きずって、さあ明日もふらっと落語にいこうかしら。


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