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新しい可能性を共につくる「対話」②話し合いのモード/対話の使い時

私はギターを弾くのが好きです。高校生の時からやっている割には上手くないのですが、楽しんでいます。

いろんな場面で演奏してきました。ある時は、友人の結婚式ではポップソングで盛り上げ、ある時はレストランで静かにジャズやボサノバを即興演しました。

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コンサートホールでクラシック曲を楽譜どおりにやったり、スタジオ録音で何度も同じフレーズを引き直すこともありました(これらは苦手だった…)。

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自分の小さな部屋の片隅で、独りでブルースを弾いたり、焚き火のそばでフォークソングをしたり。好きな人に電話越しにラブソングを弾き語ることもありました。

こうして振り返ってみると、私は見た目には同じように「ギターを弾いている」けれど、実際には、上記のそれぞれの場面でまったく違うことをやっているということに気づきます。

お読みのあなたも好きなことや趣味で、「どっちでもいい人からしたら、ぜんぶ一緒かもしれないけど、私からすると、全然違うのよ」みたいなことありませんか。

話し合いのモード

こうした、一見同じことに見えて、異なる企みを持った様式や方法を「モード」ということがあります。

今回一緒に考えてみたいのは、同じように、見た目には「人と人が話し合いをしている」ときも、私たちは異なるモードを使っていますよね、ということです。

さて、話し合いのモードは、主に次の4つに分かれていると考えています。

討論・ディベート|勝ち負けを決めるための話し合い
議論・ディスカッション|答えを1つに決めるための話し合い
対話・ダイアログ|新しいものを生み出すためのやりとり
会話・チャット|企みのないおしゃべり

討論と議論は、「伝達的」です。役割分担がはっきりしており、メッセージは発信者の中にあります。

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一方で、対話は、役割分担がはっきりしておらず、メッセージが、やりとりの中で人と人の間から生まれていきます。これを「生成的」ということがあります。

「なんとなく、あんかかな」「いや、こんな感じかな」「あ、それそれ」みたいな調子ですね。

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「クラシックよりもジャズのほうが常に正しい」ということがありえないように、それぞれのモードに「いい/わるい」はありません。

それぞれ状況や必要に応じて使い分けていくことが大切と私は考えています。

どんな時に対話は役立つのか

では、どんな時に、この対話というモードは役に立つのでしょうか。それは、上で見せたように「あたらしいものを生み出したい時」なのですが

もう少し詳しく考えてみます。実はこれはすでに1回目で述べたことですが、大切なことなので念を押しておきますね。

あなたが直面している課題の性質について、2つのことを問うてみることが、「対話を使うかどうか」を決める目安になるでしょう。

①今、私たちが直面している課題には、「こうすれば正解」があるだろうか?

もし、上記の問いに「YES」、つまり、そこに最適解(たったひとつのベストな答え)があれば、その課題は決着がつくポイントがどこかにあります。多くは、科学的に。

たとえば、「地球の気温上昇を緩和するために必要な解決策はなんだろうか」という課題はそうですね。この場合、客観的な根拠に基づいたディスカッションが役に立ちそうです。(ちなみに、上の問いについては、今のところ「脱炭素」が正解のようです。)

ほかにも、「どうしてラクダにはコブがあるのか」「4+6=?」「なぜ星は光のか」などの問いもそうです。

しかし、上の問いに対して「NO」の場合、つまり、最適解がない場合、私たちは納得解(腹落ちできるベターな答え)をつくることができます。こちらは科学よりも価値の話、つまり、物語に近づいていきます。 

たとえば、「脱炭素化の実現に向けて、いつ誰がどのように、何にをするのか」「どうすればそれを苦行ではなく、楽しみながらできるだろうか」という課題はそうですね。無限の選択肢があります。

ほかにも、「なぜ正義のヒーローは悪者を殴っていいのだろうか」「どうして大人は、将来の夢は何ですかと聞かれないだろうか」「なぜ星は美しいのだろうか」。この時に、対話する可能性が出てきます。 

ふたつめ。

②それは、あなたにとって「なんとかしたい」ことか?

答えのないものについて、なんでもかんでも納得解を出す必要はありません。特に、「私たちのこと」となったときは、とても面倒です。考えが違う他者とお互いに納得できる答えをさぐらなくてはいけない。

たとえば、私はテレビがきらいなので、基本的に見ません。しかし、実家の家族は、四六時中テレビをつけています。そのことについて、私は納得したいとは思いません。彼らがよければ、私にとっては「意味わかんなくていい」のです。

ただ、彼らがテレビの影響をうけて、不寛容になったり、不要なものを買わされていたり、あるいは、私が帰省した時に、ご飯を食べている時もずっとテレビが付いていて、せっかく手作りされた食事を楽しめないとなると、私の心が痛むので、これは放っておくことはできません。あるいは、家のリフォームに当たって、母親が外壁の色をピンクにしたいと言い出した時。ここは黙っていられない。

つまり、取り扱おうとするテーマが「私たちのこと」かつ、「なんとかしたい度」が高ければ、対話の出番でしょう。「なんとかしたい」というのは、緊急に現状を変える必要性を、あなたが感じているということです。

対話とは何をすることなのか

そのように「変化に向かって動き出したいあなた」がいらっしゃるならば、次の問いはこうだと思います。

対話とは実際に何をすることなのか。

世界の各地で、組織や社会において、上のような企みを持った、みんなにとって意味のある変化を起こすために「対話」を実践してきた人たちがいます。

そのような成功事例たくさん観察してみたところ、それらにはパターンがあることがわかりました。くりかえし現れている共通項です。その話し合いのコツは「対話の原理」と言われています。

次回は、その内容を詳しく一緒にみていきましょう。

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