落語的。OQTA HATOが鳴くと、ヒトはなぜ嬉しいのか?
OQTA HATOを鳴らされると、人ははなぜニヤリとするのでしょう?初めてこの現象を目の当たりにしたとき、ぼくは(もしかして大発見をしてしまったんじゃないか?)と興奮してしまい、そのときの様子を今でも鮮明に記憶している。なぜなら“笑い”は100%これが正解という答えはなく文脈が必要で、振りがあって落ちがあるように、構成も必要だし教養も必要だし、背景となる文化もツボも人それぞれ違ったりするからだ。
1秒で感動をつくれるOQTA。
映画でも音楽でも演劇でも、世の中にはいろんなコンテンツがあるけれど、1秒では流石に感動はつくれない。けれどもOQTA HATOはそれが(結果的に)出来てしまっている。それも老人でも子供でも外人でも関係なしに、だ。OQTA HATOはポッポーと鳴くだけで特に何も言ってはいない。それでも、ぼくの母親に至ってはHATOの音を聴いて鳥肌を立てて喜んでいるのだ。
OQTAは「緊張の緩和」発生装置
でも“本当に”何も起こっていないのなら、ニンゲンが笑うわけがないはずで。じゃあ、その裏側で何が起こっているのか?
桂枝雀の理論によれば、笑いは「緊張の緩和」で説明できるらしい。つまり、何らかの理由で緊張の状態が続いたあとに、フッとそれが緩むとニンゲンは思わず笑ってしまうものなのだ、というのである。大概の笑いはこれで説明がつく、、とのことなのだが以下に早逝の天才、桂枝雀の動画を貼る(5分ほど)のでちょっと見て欲しい。
この理論で行けば、なるほどOQTAの現象は説明がつく。OQTA HATO は時刻ではなく、誰かに思われたときにしか鳴かないので、普段はそれほど頻繁には鳴かない。これが緊張状態をつくっているのだ。(鳴らないなあ、鳴らないなぁ)という心理状態が、地味〜に効いてくる。あとはご想像の通り。地味に効いてきた緊張状態に、突然にハトがポッポーと鳴いて、緩和を引き起こし→笑う。鳩時計のあの間抜けな音もコミカルな動きも、動物という可愛いキャラクターも緩和の文脈にしっかりとのっている。緩和の増幅装置としても優秀だ。
ふむ、、OQTAの「笑い」を「構造的」には説明はできそうだ。けれどもまだ腑に落ちきらない。じゃあなぜ、鳥肌を立てるほど喜ぶんだという理由である。このあたりのEmotionの立ち上がりはそれほどシンプルではない気がしていて、ここにはまだもう少し秘密がありそうだ。それについての考察はまた次回。
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