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二コラくん(二コラ・テスラ)

むかしむかし、あるところに二コラくんという男の子が産まれました。

二コラくんには兄弟がおり、お兄ちゃんはとっても頭がよかったそうです。しかし、5歳のころに亡くなってしまいました。

二コラくんはお兄ちゃんを超えるぞ!と一生懸命勉強をがんばりました。

電気についての勉強を大学で行い、周りの人たちもびっくりするほど天才でした。

大学で勉強した後、あの有名なエジソンくん(トーマス・エジソン)の会社で働くことになりました。

しかし、二コラくんはエジソンくんと仕事上でうまくいかず、二コラくんはエジソンくんの会社を辞めてしまいました。

その後、二コラくんは自分の会社を立ち上げ、電気の発明をどんどんと勧めました。

周りに助けられながら、人の助けになるようにとどんどん発明をしていきました。

しかし、お金を出してくれる人は、二コラくんの発明が大きなお金になって帰ってくると思ってお金を出していました。

しかし二コラくんはお金持ちになりたいとは思っていませんでした。

考え方が違い、お金を出してくれる人は、二コラくんにお金を出さなくなってしまいました。

お金がなく、一人寂しく、亡くなってしまった二コラくんの部屋には、まだ誰も知らないようなたくさんの発明品の設計図などがあったそうです。

大人のコソコソ話(保護者の方へ)
あのイーロン・マスクも自身の自動車会社の名前につけるほど大好きなニコラ・テスラ。発明家といえばエジソンですが、本当の天才発明家はニコラ・テスラでした。エジソンは1つ1つ地道に試すタイプの努力型発明家、ニコラ・テスラは天才的な頭脳で計算し発明する天才型発明家でした。
エジソンの会社では、電気の流れ方を直流が主流でした。それはエジソンが直流で電気を流すよう普及していたこともあります。しかし、テスラは、交流で電気を流す方がより遠くに電気を送れると主張し、対立していました。
あるとき、エジソンから、「もし交流でコストを抑えてできるやり方があるならやって!できたら褒賞与える」と言われ、一年後に実際に完成したのをエジソンに見せると、冗談だと褒賞を貰えなかったそうです。
その後も、交流にするとトラブルが増えるなどのデマをエジソンは積極的に流し、ニコラ・テスラの邪魔をしていたそうです。
今は、コンセントから流れる電気はすべて交流です。ニコラ・テスラの勝ちですね!

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