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夫婦2人だけで臨んだ自宅出産の記録

ひ す い

夫婦だけで臨んだ自宅出産の記録

ヒロ月島

目次


プロローグ
二人の再婚
なぜ今、自宅出産?
作戦開始
出産か
申し分のない日
産まれる
アクシデント
へその緒をカットする
胎盤を出産?
身体測定
家族がそろった
出生届
はれて日本国民に
赤ちゃんがいる生活
あとがき



プロローグ


2010年の夏のある日、ワイフは僕に向かってこう切り出した。
「ねえ、赤ちゃんを私が家(いえ)で産みたいって言ったら
あなたどう思う?」
唐突なワイフの言葉に瞬時に反応できなかった僕は少し彼女から
少し後ずさりして1、2歩離れながら
「ふーん。そうだね。」
などと曖昧な返事をした。
ワイフはこの頃妊娠6ヶ月を迎え、少しだけ膨らんだ
お腹を抱え家事をこなしていた。
実はこの提案は今回初めてではない。
僕のワイフは今度の妊娠出産が6回目で、
彼女は以前から自宅出産というものに少し憧れのようなものがあったのだ。
この後何回か同じような話を受けて、相変わらず僕も何となく
曖昧な返事を繰り返していた。
自宅での出産に僕自身も少し興味があったこともあり、
ワイフの本心や覚悟のようなものを、
少し時間をかけて確かめてみたかったのだ。

その後も同じような内容でワイフの提案は続いたがある日彼女はついに僕にこう切り出したのだ。
「ねえ私、家で赤ちゃんを本当に産んでみたいの。
産婆さんなしで2人だけで産みたいの。あなた、
それを協力してくれる気持ちがある?」
ワイフの顔を見るとかなり本気モードである。
「そうすれば、私たち本物の夫婦になれるわよ。」
その迫力に押される形で僕も、
「うん、いいよ、挑戦してみよう。」
とつい、答えてしまったのである。
これが、僕達の貴重な体験の始まりだったのだ。

2人の再婚


実は、僕もワイフも再婚である。
当時、僕が52歳、ワイフ42歳
僕は死に別れ、ワイフは生き別れとそれぞれ立場は少し違う。
彼女は沖縄出身で前夫との間に、3人の子供があったが、
理由(わけ)あって前の夫の家庭に子供を置き、
ここ本州に来ていた。
一方、僕のほうは前妻との間に23年間子供がなく、
そのつもりの生活設計をしてきたが、
前妻が6年前に癌で突然他界した。
人生捨て鉢になりかけたところで今のワイフと出会い結婚。
あっという間に2人の子供に恵まれたのだ。
今回無事生まれれば3人目である。
今の奥さんを、僕はここで「家内」と書かずに
「ワイフ」と書いている。
文章の中で前妻と区別するためもあるが、一番大きい理由は、
彼女は日本人とアメリカ人とのハーフだからだ。
ワイフは、父方の白人の遺伝が強く出ていて、
一見して日本人には見えない。
しかし、彼女は日本の沖縄で育ったので、英語よりも
日本語が堪能だ。もちろん僕の言葉は100パーセント
理解し漢字も人並みに書ける。
そういう意味では普通の日本人と変わらない。
ただ、沖縄なまりでイントネーションが共通語と少々違うため、
日本語を習っている途中の外人さんに見えてしまうのである。

この事で僕は結婚後、数々のおもしろい体験をした。
僕は生粋の日本人で、両親とももちろん日本人であるが、
ちょっと僕の顔が、日本人離れというか、人間離れというか、
平均的な日本人より鼻が高く、目は濃い二重のたれ目、
瞳の色は薄い茶色。
背は低いが、がっしりした体格と、それに似合わない細い足、
どちらかと言えば白人的体型で、
見る人によってはハーフに見えない事もないのである。
実際、何度か人に言われた事もあり、
それが証拠に、ワイフは初めて会ったとき僕を
自分と同じハーフだと思ったそうだ。
僕一人ではそうでもないが、二人が揃って歩いていると、
当然のように日本人カップルには見てもらえず、どこに行ってもよく
「2人とも日本語がお上手ですね」と褒められる。
先日も地元の役場に2人で出向いたら、通訳は出てくるし、
僕が最初黙っているのと、日本語が喋れないと思ったらしく、
係りの女性に「あ・の・日・本・語・は・分かりますかぁー」と
ゆっくり丁寧に聞かれた。
まさか、生まれてから50年間住んでいる地元の役場で
「日本語は分かりますか」と聞かれるとは、
人生何があるか分からない。

病院に夫婦で行っても、逆にワイフが日本語を喋れて、
僕の方が言葉が不自由だと思われることがあり、
変な即席英語で医師が僕に症状をたずねてくるから笑ってしまう。
こちらも、恥をかかせてはいけないと、片言の英語で答えると、
医師も、らちがあかないと日本語の堪能な?
ワイフに僕の症状を聞く羽目になる。
僕が見かねて「あのー」と言いかけると、
医師も「今、日本語の上手な奥さんの方に聞いているから、
だまっていて。」と
言わんばかりに僕を手の平で制する。
結局ワイフに最初から最後まで僕の通訳?をさせて帰る事になる。
最近は、これもちょっとしたレクリエーションになってしまった。

なぜ今、自宅出産?


彼女が自宅出産に本気モードになったのには実はいくつか理由がある。
①  前の2人を生んだ近所の産科に
   予約がいっぱいだと言う事で断られてしまった事。
②  以前テレビ番組で、「夫婦で自宅出産したドキュメント」を、
   結婚前に偶然それぞれが見ていて二人とも感動していた事。
③  ワイフは子供を生むときのあの「仰向けいきみスタイル」に
   前から疑問を抱いていて、「あれは正直言って
   メチャクチャ生みにくい」と感じていた事。
④  産科医院での機械的な作業手順、ステンレスの器具の
   ぶつかる音、無菌を意識した助産師さん達の服装に
   違和感を持っていた事。
⑤  そもそも、昔は自宅で産んでいたのに、現代では病気でもない 
   のになぜ病院で産まなければいけないのか疑問を持っていた事。      
⑥  今まで産んだ子供5人がいずれも安産で、生まれた子供も
   めちゃめちゃ健康で出産に強い自信を持っていた事。
⑦  今回6人目で助産士さん並みの経験が本人にあった事。
⑧  僕の仕事の都合で予定日の前後、家にいた事。                                          
⑨  僕が前の2人の出産に立ち会っていて、
   ある程度手順が分かっていた事。
⑩  上の二人が3歳と2歳でまだ手が、かかり、もし入院すると面 
   倒を見る人が居なかった事。
⑪  極めつけは、自宅で1人だけで出産した経験を2度持つ女性の本を
   偶然ワイフが読んだ事。(これが、産科の待合室にあったそうだ。
   そんな本、産科に置いちゃいけないだろ」と思う。
   もし客がその気になったら客が減る。)      
⑫  2歳と3歳の娘達に出産の前後のリアルな様子を
   見せたかった事 

まあこんな理由でワイフは自宅出産に闘志を燃やしたわけだ。

作戦開始


考えてみたら自宅出産をしたいといっても、誰でも出来るわけではない。もちろん旦那(パートナー)の同意もないといけないし、
何より2人でやり遂げるといった覚悟が必要だ。

何を実行するにもある程度準備が必要だ。
まず、今回の作戦を成功させるためには、母子が健康である事が
絶対条件だ。
これに関しては、事前に産科にきちんきちんと通って、
赤ちゃんの様子を常に見てもらう事で医師から
安心感をもらう事が出来た。
ただ、医師にこの作戦を説明すると間違いなく反対されるので、
担当医には大変申し訳ないのだが、最後まで内緒で
何のたくらみもない普通の妊婦を演じさせて頂いた。

ワイフも健康そのもの、年齢からか、
少しきつそうな様子もあったが、担当医から
「この年齢で、六人目の出産なのに、信じられないですね。
この高さ(子宮口から逆さまになった赤ちゃんの頭までの高さの事、
年齢、出産回数によって下がるのが通常らしい)を
維持しているなんてすごいですね。完璧ですね。
何か秘訣でもあるんですか。」
などと聞かれて気を良くしていた。

赤ちゃんの様子も、とても健康ですくすくと順調に育っていて、
この子もこの子なりに、お腹の中で自宅で生まれるための
準備をしながらじっと待っていたのだ。

産み月も近くなり、結果的に最後となった検診では、
担当医もなんとなく予感がしたのか、
「お母さん、ちょっと心配だなあー、自分で産んじゃいそうで・・・
気持ちに余裕があるし、経験豊富だから。
兆候があったらすぐに来てくださいね。
5人目も陣痛開始から生まれるまでが早かったから、
今度もきっと早いですよ。
タクシーの中で出産なんて事にならないように。
ほんとに早め早めで、ぜひお願いしますよ。」
などと、ワイフに話していた。
ワイフも、
「はい、気をつけますから大丈夫ですよ。」
などと答えていたが、ワイフの「大丈夫」は担当医の
「大丈夫」と実は違うところにあるのだが・・・・
出産の準備は自宅でも着々と進んでいた。
いつ生まれてもいいように小物も用意する。
「自宅で産むときに用意したもの」
ビニールシート
バスタオル 5枚
へその緒を切るときに一時的に止めるクリップ 2個
(100円ショップで売っている菓子などの湿気を防ぐ袋を
挟んで止める5cmくらいのもの)(結果的に使用しなかった)
結束ビニールタイ(小)数本
(6の字にしてワンタッチで締まるビニール製のリボン、
 配線コードなどを止めるもの)
消毒スプレー(へその消毒)
はさみ  (へその緒カット用、事務用で家にあったもの)
ワイフが握り締めるボール  (野球用軟球とソフトテニスボールを
 それぞれ握りやすいように靴下に入れて縛った)
鼻吸い器 (赤ちゃんの鼻水を吸う細いホースが付いた用具で、
 一方を鼻に当て一方を親が口で吸うと、中央部に鼻水がたまる仕組み。
 今回は産まれた時羊水を吸いだすため)

出産か!


11月25日、朝8時頃ワイフがトイレから出てきて僕に言った。
「今、おしるしが来たので、いよいよだ、始まるわよ。」
「おしるし」というのは出産のための陣痛が始まる前の軽い出血の事で、いよいよ赤ちゃんが生まれるという知らせだ。
「ようし、いよいよか。」
僕のテンションも最高潮に上がってきた。
しかし、何時間待っても一向に本番の陣痛が始まらない。
弱い痛みは感じるらしいのだが、その先に進行していかないのだ。
夜9時頃になってワイフも
「逃がしちゃったね。今日じゃないんだね、きっと。」
どうやら今回は空振りだったようだ。
ワイフも重苦しい妊婦ライフから早く開放されたいという気持ちと、
出産時の痛みの恐怖が交互に出てきて、大変だったようだ。

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