あの世から娘を守ったお父さん
仏壇屋は人の死に関わる仕事なので、心霊的な話もよく聞く。
「あっ、今、おじいちゃんが店に入ってきた!」
みたいなことを霊感のあるパートのおばちゃんはマジメな顔で言う。いや、誰も入ってきてませんけど。なんなのこの人……
霊感はないけど怖い話が嫌いな私に、そんなことを言ってどうするつもりなのか。言わんでいい。見えてんのはあなただけなんだから。
誰もいないのに自動ドアもよく開く。調整のために勝手に開く、ということはあるらしいのだが、調整にしては開き過ぎなくらいよく開く。
パートのおばちゃんいわく、そのとき、やはり誰かが入ってきているらしい。
そんなオバケだらけの仏壇屋で働く霊感がない私も、印象に残った心霊体験っぽい出来事がある。
閉店間際にひとりで接客をしていた時のこと。太陽はとっくに沈んでおり、外は真っ暗だった。
そのときのお客さんが久しぶりの若い女の人で、私は鼻の下を伸ばし、多少フガフガと興奮気味で話をしていた。その女性はお父さんを亡くし、仏壇を買いにきたのだった。
そんな人に対してフガフガいうのは不謹慎じゃないか、と思うかもしれない。でも、私たち仏壇屋は毎日、大切な人を亡くし悲しみに暮れている人を相手にしている。目の前でボロボロ泣き出す人だって沢山いる。
そんな人たち、一人一人に感情移入してたら、全然仕事にならないのだ。心のシャッターを降ろし、悲しみの洪水が入ってこないよう、気をつけないといけない。
「悲しみの洪水」とかキザなこと言ってしまって少々恥ずかしいのだが、まぁ要は、慣れてくるのである。相手がいくら泣こうと、なんとも思わなくなる。
だから悲しんでいる娘さんの前でも、その人が別嬪さんなら、フガフガいってしまうのは仕方のないことなのだと皆さんにはまず理解してほしい。よろしくお願いします。
私はその女性に少しでも気に入られようと自分の知識を総動員し、顔の角度とか眉毛の角度とかを調整しつつ、声を2オクターブくらい低くし、説明していた。
仏壇もほぼ決まり、残るは値段の交渉のみ、となったそのときだった。
急に「バチッ!」と漏電したような、ものすごい音がして店中の電気が消えてしまったのだ。
真っ暗で不気味な沈黙の中、五秒くらい経ち、再び明かりがついた。
「今の、何だったんでしょうね……」と言いながら私はその女性を見て、ビックリした。
女性の顔色が真っ白になっていたのだ。さっきまで普通の顔色だったのに……
すると彼女は怯えながら辺りをキョロキョロと見回したあと
「こ、恐い……恐い、恐い~~」
と言いながら店の外へ走って出て行った。
これが私が体験した心霊体験っぽい話である。
一体あれはなんだったのだろう。
ただ電気系統がおかしくなって停電し、女性は視界が急に真っ暗になったので、ビックリして出て行っただけなのかもしれない。
それにしてはあのときの女性の様子は異常だった。明らかに「なにかを見た」ような……
次の日、先輩にこの話をしてみた。すると先輩は嫌味っぽくこんなことを言った。
「お前がイヤらしい目で娘さんを見てたから、お父さんが『その男から早く離れろ』って合図をしたんじゃないか」
お父さんはドスケベな男から娘を守るため、あの世からわざわざアクションを起こしてきたのだという。
娘さんによるとそのお父さんは無口で頑固、娘さんにも関心がないようなそぶりをずっと、亡くなるまでとっていたという。
そんなお父さんも、あの世から助けにくるほど、娘さんが心配で心配で、そしてなにより、すごく愛していたのだろう。
「なんやこの男……イヤらしい目でワシの娘を見やがって。仏壇はもういい! ワシがお前をこの男から救ったる!」
頑固で無口で不器用なお父さんが見せた、最後の行動だった。
お父さん、早く成仏しないと娘さんも心配しますよ。娘さんは私に任せて早く成仏してくだ…………
うわっ! 今部屋ですごい音がした! 真っ暗! 暗い、暗い、恐い、恐い~
働きたくないんです。