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「元引越屋」の静子さん 2

前回までのあらすじ

アホの社長のせいで、華奢な静子さんと、私とで重たい仏壇配達に行くことになった。

★★★

静子さんを助手席に乗せ、配達先に向かうとそこはマンションだった。部屋番号から推測すると、エレベーターなしの三階である。すなわち最悪である。

「わたしで大丈夫でしょうか……?」静子さんは泣きそうな顔で言った。

「だ、大丈夫ですよ……」私は心にもないことを言った。

マンションの下に車を停め、仏壇をひっぱり出す。仏壇は本体と下台で分かれるようになっている。

下台は小さいから大丈夫だが、問題は本体である。長いし、重い。

まず仏壇の本体を寝かせて持つ。

「あっ、あっ、ちょっと待ってください」静子さんは一旦仏壇を置いた。「重たい……」

静子さん自ら「行きます」と言ったから、もしかしたら……と思っていたのだが、やっぱり全然ダメだった。

もう一回持ち直す。一度持って安定してしまえば、ある程度はいける。

「あ、行けそうです」静子さんはプルプルしながら言った。

そのまま階段へ向かう。静子さんに先へ行ってもらう。後ろ向きで歩くことになるが、階段の場合、上にいる人の方が負担が少ない。

とりあえず二階まで来た。あともう少しだが、静子さんは青ざめている。

「大丈夫ですか?」

「はあ……はあ……」静子さんは泣きそうな顔で一番言ってはいけないことを言った。「も、もう、無理です……」

まさかのギブアップ宣言だった。

でも仕方ない。静子さんはこの細い腕でここまで頑張った。悪いのはあの社長(ジジイ)や。でも、どうしたらええんや……

家の人はおばあちゃんと女性。男性がいたら手伝ってもらおうと思ったのだが、これも無理。

ということはひとりで運ぶしかない。

私は仏壇を一旦下に置き(傷つくから本当はダメだけど)、車から布団を取ってきた。

仏壇屋は布団を常備している。その上に仏壇を置き、布団ごと引っ張ったりできるので、なにかと役に立つ。

布団の上に仏壇を立てて置き、私が抱きかかえ、一段一段仏壇を階段に置きつつ登ることになった。もちろん傷がつかないように布団の上に置く。

ひとりで持って一気に駆け上がるのは無理だけど、一段一段持ちあげるだけなら、なんとかいける。布団を移動するのは静子さんの役割だ。

仏壇のプロとして、威厳もクソもない運び方だが仕方ない。

「もう少しです。頑張ってください」静子さんは言った。布団だけだから、元気そうだ。私はそろそろ倒れそうだが。

なんとか玄関前に到着。新しい布団を玄関の上に敷き、その上に仏壇を置いて布団ごと仏間まで引っ張った。

あとは下台だが、もちろんこれも私ひとりで三階まで運んだ。ふたりならなんてことないが、ひとりだと非常にキツイ。

汗ダクで下台を仏間に置き、あとは仏壇の本体を乗せるのみとなった。

下台の上に仏壇の本体を置くので、ある程度は持ち上げないといけない。最後の関門だ。

もちろんこれも私ひとりで行う。

「ふ、ふ、ふおおおおおおお!!」今まで出したことない声と共に仏壇は無事ご安置された。

お客さんは終始ビックリしていた。もっと静かにご安置されるものだと思っていたらしい。

はあはあ言いながらお荘厳を取りつけ、汗ダクで説明を終えた。

帰りの車で私は静子さんに言った。「あの、無理なら無理って正直に社長に言った方がいいですよ」

「……はい。すみませんでした」

これが静子さんとの最後の会話になった。静子さんは次の日、来なかった。

今では大変後悔している。断れなかった静子さんは悪くない。だって葉巻を持った若山富三郎似のどう見てもヤ○ザみたいな爺さんに「行け」と言われたら、誰だって断れないだろう。

ごめんよ。静子さん。私がもっとガツンと言ってやるべきだった。

次は優しい社長の元で働いてくれていたら、こんな良いことはない。

おしまい

#エッセイ #仏壇 #社長 #布団

働きたくないんです。