見出し画像

恐怖のお菓子工場

きよさんは工場を見上げながら、つぶやきました。

「ここが今日働く工場かあ……」

日雇い派遣だった当時のきよさんは各職場を転々としていました。その日は、お菓子工場でした。

「さあ、今日も頑張りますか」

きよさんはまだ知らなかったのです。そこは恐怖の工場だということを。

きよさん、あまりの職場環境の悪さに戦慄します。

その工場は女性が9割を占めていました。詳しく言うと関西のおばちゃんが9割です。

きよさんはおはぎを作るラインに配置されました。

作業内容は流れてくるおはぎをパックに入れるというとても簡単なものでした。

「楽勝、楽勝、ふふふん♪ …………ってうわああああああ!」

きよさんは焦りました。おはぎが流れてくるスピードがめちゃくちゃ早かったからです。

おはぎを詰めている間に次のおはぎが流れてきます。焦ると手元が狂い、さらに遅くなります。

おはぎ、おはぎ、おはぎです。おはぎ達が目の前で溜まっていきます。見渡す限り、おはぎです。おはぎ、おはぎ、おすぎ。おはぎ。

早過ぎてきよさんはパニックになってきました。「あわわわわわわ」

すると前から怒号が飛んできました。「ちょっと! 派遣! 何してんの!」

「す、すみません!」きよさんは半泣きです。

「グズやな! あんた!」
「もっと早くしいや! もう!」

罵声が次々飛んできます。

ちょっとだけ慣れてきて、なんとか追いつくようになりましたが、それでも必死です。きよさんの顔から滝のような汗が流れてきました。

「もう嫌や……なんなのこの仕事」

あとでわかったことですが、その工場は三日生存率10%の「超ブラック工場」でした。

原因はパートのおばちゃんの新人イビリです。

新人が入ってくるたび、きよさんが受けたようなイビリが開始されます。

新人入る→いじめる→辞める→人手不足で作業がさらに大変に→新人入る→いじめる

このような負の連鎖により、職場環境は最悪だったのです。

そのためか工場内に「癒しの相談室」みたいなのがありましたが、パートのおばちゃんが新人の悪口を言う憩いの場となっていました。

つらいつらい朝の時間を終え、小さな倉庫みたいな部屋で寒さに震えながら、母が作ってくれた弁当を食べます。

「帰りたいよ……」

昼からの作業はさらに地獄でした。

きよさん、普通にセクハラを受けます。

きよさんは作業にドンドン慣れていき、また若い男というだけあって、おばちゃん達に気に入られていきました。

「あんた、中々やるやん」

「えへへ。ありがとうございます」

「あんた、彼女おるん?」

「いません。欲しいです。えへへ」

「なんや、溜まっとるかいな。おばちゃん相手にしたろか?」

「あ、あ、それは結構です」

さらに会話は続きます。

「この機械にこのネチャネチャしたヤツを入れるねん。〇○(ド下ネタ)みたいやろ」

「そ、そうですね」

「あんた、鼻大きいな。アレも大きいんちゃうんの?」

「わ、わかんないです」

会話の途中に乳を押し付けられたりと、結構なセクハラを受けました。でも、きよさんは声をあげることができませんでした。

そこはおばちゃんの世界です。声をあげてもかき消されるでしょう。まだまだ男性優位の社会で女性がセクハラを受けるというのはこのような気持ちなのかと、きよさんは恐くなりました。

セクハラは女性が受けるもの、というイメージがありますが、男性が受けるケースもあるのです。

きよさんは執拗なセクハラを受けながら、頑張って作業をこなしていきました。

そんな中、ある事件が起こったのです。

派遣のオッサン、アンコを入れ間違い、皆にボロカスに言われます。きよさんは知らんぷりをします。

「あっ、コレ、こしあん入ってるやんか!」

まんじゅうを流していたとき、ひとりのおばちゃんが叫びました。

このまんじゅうにはアンパンマンの中身と同じく、つぶあんを入れないといけません。

間違えたのはアンコを投入する作業にあたっていた派遣のオッサンです。オッサンは自分がとんでもないことをしでかしてしまったと、オドオドしながら立っています。

「ちょっとアンタ! こっち来なさい!」

オッサンは呼び出しを食らいました。

「アンタ! つぶあん入れろって言ったやろ!」

「す、す、すみません……」オッサンは今にも泣きそうです。

「アンタ! これ全部廃棄やで! どうしてくれんの!」

「……す、すみません」

「このアホ!」
「何もできひんオッサンやな!」
「ホンマ、あかんわコイツ」

他のラインのおばちゃんも集まってきて、皆でそのオッサンを罵ります。

すごい光景です。地獄絵図です。

そんなとき、我らがきよさんは何をしていたのでしょう。

徹底的に傍観していました。

一緒になって罵りはしませんでしたが、むしろちょっとおばちゃん側に立ってひたすら涼しい顔をしていました。

オッサンがミスる気持ちもわかるのです。なんせこしあんとつぶあんが同じ棚に置いてあるんですから。あれだけ忙しいと間違えるのも仕方ありません。こんな配置をした会社側がむしろ悪いでしょう。

だからオッサンの味方になってやることもできたハズなのですが……。なんと、根性のないきよさんでしょう。

「イジメは傍観している人も悪い」

こんなことをよく言われますが、そんなワケはありません。声をあげ、いじめられる側の味方になってしまうと、その人もいじめられる可能性大です。

だから「傍観者もイジメ同様悪い」としてしまうのは極論、暴論です。

「そんなのは綺麗ごとだ。この状況でオッサンの味方をするなんて不可能だ」

きよさんはそんな大義名分を立て、自分を納得させて傍観を決め込みました。こういうときは山のごとく動きません。

騒ぎを見た工場長が皆を集めました。

「派遣さん攻めても仕方がない。アンコを間違えやすいところに置いたパートさんも悪い」と工場長は言いました。

私が思っていた通りのことを工場長は言いました。きよさん、今回は工場長の側に立ち、うんうんと頷いていました。

きよさんはこんな調子で長いものには巻かれながら、なんとかその日を終えました。

帰り際、リーダーみたいなおばちゃんに声をかけられました。

「あんたよう頑張ったな。ハイ、飴ちゃん」

きよさんは飴をひとつもらいました。

最後の最後に優しさを見せられたきよさん。感動しているかと思いきや、

「あれだけ苦しんで飴ちゃん一個て。割に合わんわ。二度と来るか」

きよさんは毒づきながら、自転車で寒空の中、ひとり寂しく帰って行くのでした。

#エッセイ #お菓子 #工場 #ブラック企業

働きたくないんです。