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楽しい楽しいアトランティス大陸

 「恐かったね~ティラノサウルス。次はどこへ行く?」ユミはスキップしながら言った。

 恐竜は想像以上に恐ろしかった。でも、生の恐竜を見ることができるのは、この『アトランティス大陸』だけだ。この大陸は2年前、急にオーストラリア大陸の隣に現れた。そこは何万年も変わらず、恐竜や原住民などが暮らしていた。どういう原理かはわからないけど、大陸全体が昔のまま現代にタイムスリップしたようだった。

 開発はドンドン進み、大陸全体がテーマパークみたいになっている。生の恐竜が見られる『ジュラシックランド』だけでなく、未来の地球が見られる『未来体験』、開発されたばかりの『瞬間移動装置』など、見るものは沢山ある。

 オレは2年分のボーナスを溜め、彼女と夢だった『アトランティス大陸』に来たのだった。

 目的は旅行だが、オレにはもうひとつ重大な目的があった。「1憶万ドルの夜景」を見下ろしながら、プロポーズをすること。これが本当の目的だ。

 婚約指輪はアトランティス大陸でしか出ない『アルミランジ鉱石』で作られた指輪を買う予定。正直、この旅行を終えプロポーズが済むと、無一文になる。それでもかまわない。ユミと素敵な思い出を作れて、婚約までできたら、これ以上素晴らしいことはない。

 「次は瞬間移動体験に行こうか」オレはユミの手を引きながら言った。
 「ええ~なんだか怖いなあ」ユミはおびえた表情を見せた。「『ザ・フライ』みたいにハエ男になったらどうするの? まあ、私はそれでもタカシのこと好きだけどね。今もハエみたいな見た目してんだから」
 「なにを~コイツ~」オレはユミの頭を軽く小突いた。「でも、もうすぐお昼だね。先にご飯食べる?」
 「うん!食べる食べる!」ユミは眼を輝かせて言った。「トリケラトプス専門店があったよね。あそこ気になってたんだ~」

 オレ達はテレビでも度々話題になっている、トリケラトプス料理を食べられる店に向かった。肉は硬いが、食べごたえ抜群で、観光客にもかなり人気のある店だ。

 トリケラトプスの模型が屋根に乗ったその店はかなり混雑していて、待ち時間は1時間あるらしい。行列に並びだすと、原住民の格好をしたセクシーな店員がメニュー表を渡してきた。オレはしばし、その店員に眼を奪われた。

 「ちょっと、今見てたでしょ」ユミは肩を軽くグーで殴ってきた。「なによ、鼻の下伸ばしちゃって」
 「いや、見てねえって。見てるのはお前だけだよ」と、ユミの髪を撫でつつ、メニュー表に目線を落とした。

 「うわっ……」思わず、口に出してしまった。メインのトリケラトプスステーキが800ドン、日本円に直すと8000円くらいだ。一番安いトリケラジュースでも1200円する。

 「うわ~沢山あるね。なににしようかな~」ユミは眼を輝かせながら言った。
 「う、うん…、どうしようかな~」背中から冷や汗が出てきた。正直、食費にはあまりお金を使いたくない。職場のおみやげ代も、このあとのアトラクション代、そしてなにより婚約指輪代も残しておかなければならない。食費でこれだけ取られたら、指輪代がなくなる。まったく予想外の高さだ。

 どうにかしてもっと安いものを食べないといけない。この店の料理は論外だ。向こうの方に『サブウェイ』が見えたので、ちょっとユミに切り出してみた。
 「なあ、ユミ…。トリケラトプスの肉ってちょっと危なくないかな…」
 「別に危なくないでしょ。皆食べて問題ないんだから」
 「いや、やっぱり大昔の肉だし、現代人の胃には合わないと思うんだよ」
 「なによ急に。大丈夫よ。私、食べたいんだもん。トリケラトプスステーキ」
 「いや、違うんだよ。オレ、あのトリケラトプスのごつごつした肌食べるのかと思ったら気持ち悪くなってきちゃって…」
 「なによ。もう~じゃあ違うところにする?」
 オレ達は列を抜け、次の店を探しに歩き出した。さりげなく『サブウェイ』に向かって。

 「現地のもの食べると下痢するってよく言うじゃん」オレは歩きながら言った。「普段から食べているものを食べるのがいいと思うんだ」
 「それは確かによく聞くけど、せっかく来たんだから、ここでしか食べられないもの食べたいよ~」
 「楽しみは食べ物だけじゃないんだからさ。体調不良で瞬間移動体験ができなくなったら大変だろ」
 「まあ、そうだけど。じゃあこの昼ごはんだけね。そこのサブウェイで食べましょ」
 よし、なんとか一回分のメシは安くで済ませることができた。あと、2日か…。気が重い。

 その後体験した「瞬間移動体験」は楽しかった。瞬間移動中、ユミの鼻のほくろが取れた以外は大きなトラブルもなく、無事貴重な体験ができた。
 「どうせ整形で取ろうと思ってたんだよね~。瞬間移動もできて、一石二鳥って感じ」ユミはすごく機嫌が良さそうだ。この調子で晩ごはんもなんとか、安く済まそう。

 「そろそろ晩御飯だね。今度こそ恐竜の肉を食うぞっ」ガッツポーズをしながら、ユミが不敵に笑った。
 「そうだね。ここからちょっと遠いんだけど、『ブラキオサウルス専門店』があるよ。そこにしよう」ブラキオサウルスの肉は豚肉とそう変わらない味で、圧倒的に人気がなく、この辺では一番安い店らしい。瞬間移動体験の待ち時間の際、こっそり調べておいたのだ。

 「ブラキオサウルスかあ。『ジュラシックランド』で他の恐竜が動き回る中、唯一微動だにしなかったやつだよね。パッとしないヤツだけど、食べたら意外とおいしいかもね」ユミは機嫌が良さそうだ。

 徒歩で30分、ついに店についた。人気がないと聞いていたのだが、結構並んでいる。一番安い恐竜の肉だから、金のない旅行者に人気なのだろう。
 行列に並び、置いてあるメニュー表をちらっと見てみた。

 「うわっ…」また声に出てしまった。トリケラトプス店よりは安いが、それでもブラキオサウルスステーキが5000円する。一番安いポテトでも1000円だ。一番安くてこれか。というか、なんでアトラクション代はあれほど安いのに、食い物だけ軒並み高いんだよ。この店も論外だ。というか、恐竜の肉はもうダメだ。高すぎる。

 「なぁユミ、今ちょっと調べてみたんだけどさぁ」オレは恐る恐る言った。「ブラキオサウルスって豚肉とそう変わらないらしいぜ。それならわざわざ恐竜の肉、食う必要ないんじゃないか」
 「別に味はどうでもいいのよ」ユミは無表情で言った。「恐竜の肉なら何でもいいの。せっかくアトランティスまで来たんだから、ここでしか食べられない物を沢山食べるの」

 この女は食い物のことしか頭にないのか。オレは段々腹が立ってきた。
 「豚肉の味しかしないんだったら、家で豚肉食うのと変わりねえじゃん。なんでそこまで恐竜にこだわるんだよ」
 「豚肉の味でもブラキオサウルスはブラキオサウルスでしょ。さっきも言ったけど『恐竜を食べる』ってのが大事なの!」ユミも怒りだした。「なによ! さっきから、本当は値段が高いからそんなこと言ってんじゃないの?」
 「お前、よくそんなこと言えるな! オレは仕事の成績優秀、給料だって沢山もらってる! デート代だっていっつもオレが出してるだろ!」
 「普段のデート代と、恐竜料理を食べるのと何の関係があるのよ!私はとにかく食べたいの。ブラキオサウルスステーキ」

 ちくしょう。なんでこんなことでケンカしないといけないんだ。大体コイツ、派遣社員で金ねえクセに偉そうなんだよ。
 「じゃあ、食えよ。オレは金出さねえからな」オレはついに言ってはいけないことを言ってしまった。
 「ああそう。私は食べるから。じゃあね」ユミはあっさりと言った。「ホテルもまだ取ってないんでしょ。私、勝手に取るから。アンタも好きにしたら」
 「なんだよ! 勝手にしろ!」オレは言い捨て、走ってその場を去った。

 大体なんだよ。アトランティス大陸って。ちょっと海の底から出てきただけじゃねえか。しかも、安いアトラクションで客を呼び、高い食い物で金をむしりとる。日本の某テーマパークみたいで気に入らねえ。

 オレはあてどもなく歩き出した。腹が減ったので、その辺の小さいレストランでご飯を食べた。トリケラトプス丼があったので、食べてみた。1万2千円もしたが、もう関係ない。結婚指輪を買う必要はなくなったのだ。

 トリケラトプスの肉は硬いだけであまりうまくなかった。これなら豚丼食ってる方がマシだ。

おしまい

#小説 #ショートショート #アトランティス #恐竜

働きたくないんです。