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珍味④ 見てはいけない唐墨(カラスミ)

子供の頃のある夕暮れ時、夕陽が差し込み、薄暗くなったリビングに、

何の用事があったのか、ふらりと足を踏み入れると、大テーブルの隅に祖母が座っているのが

目に入り、ぎょっとしました。

電気もついていないから、誰もいないものだと思っていたのに、暗い中に祖母がいた時の、ひやりとした気持ちときたら。しかも、手に包丁をもっていたのです。

台所でもないのに。

見てはいけないものを見た気がして、踵を返そうと思いましたが、好奇心が勝り、そのまま、歩を進めると、祖母は一心不乱になにかを刻んでいます。

私がいることに気づき、顔を上げた祖母が

「見たなー」

とは言いませんでしたが、

祖母も驚いて、「あら……」と言いました。

その時、祖母が夢中で切っていたのが、カラスミなのです。

薄く切ったカラスミを美味しそうに食べる祖母。

私が黙って見ていると、祖母は薄い切れ端を私の口に押し込み、

「内緒よ」と言いました。

これが、私のカラスミ初体験です。

なぜ独りで黙って、夕方カラスミを食べていたのか、このカラスミはどうやって入手したのか、さまざまな疑問が生まれてきますが、それにもまして、この時の美味しさといったら。

「もっと欲しい」と言うと

「あんまり食べると体に毒よ」と言われました。

そう、毒。

この頃の私の好物はいつも「毒よ」と言われるものばかりで、大好きなギンナンも、食べていい数が決められていました。大人になって、誰も止める人がいないのが嬉しく、しこたま食べたら、ギンナン中毒になりました。50粒は食べたよな。

それはさておき、カラスミ。下戸でお酒を飲めなかった祖母ですが、夕暮れ時に一枚、二枚、と皿を数えるがごとく、カラスミの薄切りを作ってしまうほど好きだったのでしょう。

その気持ちは、今ではよくわかります。

ボラの卵巣を塩漬けしたものを干したものですが、ねっとりとした、魚卵の旨味が美味しく、今でも憧れの珍味です。

魚の卵巣は、タラコ、筋子と美味しいに相場が決まっていますが、特にカラスミは、上海蟹のミソに味が似ているように思います。

味が濃いから、きっと分厚く切ると美味しくない。

ごく薄く切ったものを炙って、大根に挟んで食べると、ほんのりほろほろ魚卵が崩れる食感がし、魚卵の旨味が追いかけて、口中にじんわりと広がり、美味しいです。

イタリアではパスタ料理に使うと、hiyokoさんに教えていただきましたが、外国のカラスミ料理も食べてみたいです。

そうそう、オカルティックなので、あまり人には言わないんですが

亡くなった祖母や祖父の好物を食べる時には、いつも心の中で供養し、一緒に食べているような気持ちになるんです。魂があるのなら、私を通じて味わえるなんてことは…ないかな??

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