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きわダイアローグ10 手嶋英貴×向井知子 4/7

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4.ウェルビーイングのイメージの変化

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向井:現代の都市生活では「外部世界もすべて認識である」という考え方をしなさいと言われても無理だと思うくらい、細かくたくさんの多様性がありますよね。でも、人間と外部の関係で成り立ったわけではない仏教でも、そこの折り合いをつけざるを得ないと思うんです。今、最先端の仏教はどういうところを目指し、どこに向かっているのでしょうか。

手嶋:日本では、お釈迦さんが説いた教えである仏説が、たくさんのお経になりました。たくさんの種類があるため、なかには、言っていることが矛盾するような場合もあります。それは、先述の方便という考え方があることに加え、経済的なパトロンに有益なようにアレンジを加えているうちに、どんどん仏教ではない外部のものを取り入れて、バリエーションが非常に増えてしまったからなんです。日本の仏教では、たくさんあるお経のうち、お坊さんや宗教家の人がいちばん重んじるところをそれぞれ選んで、「こういう考え方ができる」と説いた「宗」というものが生まれました。実際の日本仏教の教団内部の人たちは、お釈迦さんの教えを引き継ぐというより、自分が属している宗の宗祖、例えば親鸞さんや法然さん、道元さん、日蓮さんといった人たちの教えを受け継ぐという意識が中心です。だから、お釈迦さんが紀元前に本当はどういうことを言ったかについては、あまり勉強していない人のほうが多いくらいです。でも確かに、紀元前のお釈迦さんが言ったことを勉強しても、親鸞さんや日蓮さんが言っていることとはだいぶ異なるので、ピンと来ないと思うんですね。日本の仏教もお釈迦さんが起源ではありますが、何に基づいているかというと、日本に仏教が来てから、重点的なものを選んで教えを説いた鎌倉時代や平安時代の宗教家で、宗祖になっている人たちです。

向井:いろんな宗派の開祖たちの考えを引き継いでいるということですが、それでも方便というのは重要なのですね。

手嶋:方便というのはもともとインド仏教の段階からある言葉で、非常に重要です。

向井:元が何であれ、人を救うためにわかりやすい形で何をすることが方便なのでしょうか。もちろん「伝える」ことはそうだと思いますけれど、行為も含めて方便と言えるのですか。

手嶋:先ほど人間の世界は、突き詰めて考えると自分という認識であると申し上げました。自分という認識がなくなったら、世界はないのと大差ないし、そもそも外部に世界があるかどうかは論証できない。肉体を持たない主体が、夢を見ているだけかもしれません。でもそんなことをいきなり言っても「はあ……」としかならず、それが自分の苦悩の解決につながるんだと思える人のほうが珍しいわけです。そういう考え方について、まずは「あなたが苦しんでいることを引き起こす原因となっている、憎かったり、嫌だったりする相手を変えることができますか。できるのであれば関わったらいいですが、できないならむしろ離れることが解決につながりますよね」と伝えます。「それだったらまあわかる」となれば、次に「離れるということは、外部に関わるより自分が動いて解決するということですよね」と伝える。そうやって段階を踏みながら「人との関係で悩んでいるとしても、相手を変えることが解決ではなく、自分が変わることが解決だ」とだんだんとわかってもらうことで、最終的にすべての苦悩の根源はこういう構造になっていると、経験と照らしてわかるようにしていく。そういう思考法がいいかどうかは別として、要はいきなりパッと本質を言ってもわからないことでもわかりやすい形で、少しずつ理解能力が高まっていくように、導いていくわけです。

向井:比叡山の上では誰か世話してくれない人がいないと、生活は成り立たないと以前お話しされていましたよね。実際に外界と折り合いをつけなくてはいけない時代になって、宗教はどういう考え方をしているんでしょう。いろんな宗教が現代社会でどう向き合おうとしているのかが知りたいです。

手嶋:わたしの偏見かもしれませんが、今の日本の仏教の人で、仏教ならではのことを言う人はいないのではないでしょうか。人の悩みに寄り添う姿勢での発言をするぐらいに終始し、仏教がもともと持っていた体系みたいなものに基づく発言をする人はほとんどいないと思うんです。今の時代、「そうかもしれないけれど、それは世間的に口にしちゃいけないよね」とか「それは公的には認められにくいよね」ということがいろいろありますよね。例えば浄土教系の宗派では「どんなに苦しい状況であっても、今の苦しい状況はしょうがない。でも『南無阿弥陀仏』と阿弥陀さんにすがれば、亡くなったあと極楽浄土に行って、苦しみがない状態で修行ができる。来世には修行ができる環境に行けるから、そこで悟りを得て、苦悩のない状態になれる。だから今はどんなに苦しくても『南無阿弥陀仏』と唱えて、一心にすがる思いで後世を楽しみに生きなさい」というのが、法然さんや親鸞さんの教えです。でもそう言ってしまったら「今の不平等で不公正な世界や、さまざまな戦争を解決もせずに容認するのか」という話になりかねない。ポリティカルコレクトネスから外れるわけです。浄土宗や浄土真宗の人々は、親鸞さんや法然さんを崇敬していながら、彼らの言ったことをそのまま伝えたら、社会に受け入れられないという状況にいる。その人たちがこの状況で何を語れるかと言ったら、おおかた世間並みの良心的なことを語るしかないんです。もとの教えが今の時代にはポリティカルアンコレクトネスになっているのですから、もともとの仏教的な言説を口にすると社会的に叩かれるかもしれない。だからお坊さんたちも口にしません。個人的には、お釈迦さんや親鸞さんの頃とは時代も変わりましたし、教義を清算してもいいのではないかと思いますけれどね。

向井:最澄さんはお山に入って、中国で修行した仏教の一端を自分なりに天台宗という形にしましたよね。比叡山から琵琶湖への自然との暮らし方と最澄さんの知恵を形にしてきたものが、そのままスッと自然にあるような気がしました。比叡山自体はもともとの仏教の教えとの親和性はないのかもしれないですが、里の人を含む自然とお山と琵琶湖との間をどうつなぐかといったことは、教えを実際の生活の中にどのように馴染ませるかということと関係していると思うんです。

手嶋:比叡山も日本仏教ですから、日本人の感性や自然に対する親しみの文化みたいなものと密接に結びついて、山岳宗教、それから神仏習合といったものが加わって歴史的に発展しました。ただ、最澄さんが最初に比叡山に入ったのは、人と会わなくて済むからというのが大きな理由です。当時は誰も住んでおらず、入ってくる人もほぼいない山の中ですから、静かに修行ができたわけです。そこで最澄さんが修行をしていたら、平安京がたまたま横にできて発展していきました。そうして人が集まって、比叡山という場に対する関心が広がっていくなかで、日本の自然宗教的なものとの結びつきが非常に深化していったのでしょう。だから、もともとの仏教の教えとは少し違うものだと思います。でも一方で、別レベルの産物として生まれた、今ある比叡山の環境や文化は、別にお釈迦さんが説いたものでも、最澄さんが意図したものでもないですが、現代のわたしたち都市人にとって、一つの意味のある存在になっているとも思います。

向井:先ほどから伺っているお話と比叡山はずいぶんかけ離れている場所だなと思います。仏教と融合しつつも、日本にもともとあった自然観みたいなもののほうが大きかったんだなと。今きわプロジェクトのメンバーのスヴェン・ヒルシュと環境の問題について話すと、現在のデジタルの0か1かといった考え方が強くわたしたちの身体に根付いており、それが立ち行かなくなったから、環境も自分の一部であるという考え方が生まれたと言うんです。日本の場合は、もともと人間も自然の一部であるという考え方がありましたよね。風土という言葉があるように、人間の暮らしも自然の営みの一つに含むという考え方があるにもかかわらず、現代の日本の動向を見るとそういったものをうまく活かせてこなかった感じがあります。ただ、里山に戻りましょうと言っても戻れないですよね。手嶋さんの領域からは離れてしまいますが、そういったことについてはどうお考えですか。

手嶋:わたしは今坂本に住んでいますが、電車に乗れば20分で京都まで行けますし、たいがいのものは手に入りますが、ある程度自然が身近にあるような場所です。このくらいの生活環境が自分にとってちょうどいいと感じていますし、似たようなことがしたい人は多いと思うんです。コロナ禍でリモートワークが一般化してきて、そういったことが選択的にできるようになりつつありますが、10年、20年するともっと広い範囲で首都圏から出て暮らせるようになると思います。勤める先が分散するのであれば、自然の近くに住んで、自然との折り合いを身近なものとして考えられる人が増えてくるでしょう。都市に住むのがいいという価値観は、今から30年、40年くらい前のわたしたちの父母世代のもので、それからすると、私たちの価値観は大きく変わってきています。これは、現代人としてのウェルビーイングのイメージの変化だと思います。自然との関係ということで言えば、過去よりもこれからのほうが自然に近づいていく流れが始まっているのではないでしょうか。ここ何十年かは物理的に都市にいないといけないという状況が続いてきたので、考えようにも身近に考えにくかったでしょうから。

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水路沿いを散策する住民(2020年)
向井知子
坂本、滋賀県
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街中の道路脇に流れる大宮川(2020年)
向井知子
坂本、滋賀県

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