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【連載小説】この子が、いたからじゃ、ないので 6話

 友里恵にトイの対応について聞き、彩矢がふと時計を確認すると後15分程で2限目が始まる時間だった。そろそろ行こう、と友里恵に声をかけて腰をあげたその時、道の向こうから見知った人物が友人を引き連れて歩いてくるのが見えた。
 その人は彩矢と友里恵の同級生であり……2年生まではあまり顔を合わせる事は無かったけれど、このキャンパスへ移ってきてから同じ講義をとるようになったのか妙に接点が増えて……有体に言えば、彩矢は気に入られたらしく、何度かデートのお誘いを受けている人だった。
「あれっ、彩矢ちゃん、おはよう」
「小田(おだ)くんじゃん、おはよ」
「……おはよう、小田君」
 軽いノリの挨拶に、友里恵が先に返したし気付かぬふりも出来ないので、彩矢もあまり気が乗らないながらも言葉を返す。
「2限目、経済学のセンセーの授業っしょ?俺らもちょうど行くとこなんだよね、一緒に行こうよ。」
「……ごめん、私、前の方の席がいいから。小田君達は後ろがいいんでしょ?ゆりちゃん行こ」
 小田と呼ばれた男子学生は、明るく爽やかに、けれどなんとなく軽いノリで声を掛けてくる。
 彩矢はあまり視線を合わせないまま友里恵と彩矢二人分のカップを手早くまとめてゴミ箱へ入れ、隣に立っている友里恵の手を取って足早にその場を去った。

 正直に言えば、彩矢は小田が苦手だった。
 整った顔と少し高めの背、それに周りの女子がつい振り向いてしまうような通る声。最初に見かけた時にこれはきっとモテるんだろうな、と思った彩矢のイメージは間違ってはいなかったらしく、よく女子学生と喋っているのを目にしていた。軽いノリと、その場の雰囲気を楽しむだけの会話。イマドキの男子ってあんな感じなのかな、と少し偏見を持ってしまいそうなそのイメージは、けれど的確に小田を捉えていた。
 実際、小田は軽いノリで彩矢ちゃんってかわいーよね、俺好きだなー。ね、俺と付き合わない?と出会って3回目くらいの授業の開始前に言われたのだ。彩矢が驚きで固まりなんと返事を返したものかと考えている間に教授が現れてしまい講義が始まってしまったため、その講義はほぼ何も頭に入らなかった。しかも、終わった後、ごめんなさい、と返事をしようとしたら、さっきの考えといて!じゃ!と返事をするタイミングを与えられず、逃げられてしまったのである。
「…や、彩矢、彩矢ったら!ちょっと早いよ。」
「え、あ、あぁ、ごめんゆりちゃん。」
「わかってる。……そんなに小田くん苦手?」
「う、ん……あのノリが、やっぱりちょっと苦手、かな……」
 友里恵にも、小田から付き合ってほしいと言われた話はしてあった。彩矢にはその気が全くない事も。
 そっか、と相槌をうつ友里恵に、彩矢は少しだけ声をひそめて、ついさっき気が付いた事を話し出す。これは現状友里恵にしか言えない、けれど大事な事だから。
「それにね、……さっき、小田君が来た時に、彼のトイが見えたの。」
「ああ、確かに、いたわね。」
「彼の子は私の子に向かってニコニコしながら話しかけてきてたけど、私の子、少しイヤそうにしてた。ってことはやっぱり相性自体、あんまり良くない、って事だよね?」
「あー……それは、間違いないわね。向こうは見えてないから気にせず来るけど、こっちはその辺わかっちゃうものねぇ。彼はまだ未成人……よねあの感じじゃ。」
「うん、多分。確か前に9月くらいって言ってた気がする。」
 友里恵はあちゃ、とでも言いたげな顔をしている。彩矢だってそうだ。それと共に、どこかホッとした自分がいた。
 実際、彼が彩矢達のいるテーブルへ近づいてきた時、距離にして約10メートルほどだっただろうか、彼のトイが先に彩矢達に気が付いていて、ひゅんっと飛んで来ていた。
 そして、そのまま、友里恵と彩矢のトイが仲良くお喋りしている隣へ座り、何やら話しかけているように見えた。そのトイの顔は楽しそうにニコニコしていたのだけれど、対する彩矢のトイはというと、隣にいた友里恵のトイに縋るようにくっつき、小田のトイから距離をとろうとしているようだった。
 まるで近寄らないでほしい、といわんばかりに。
 その様子は一瞬だったし、その後は、少し距離をとった事でマシになったのか、受け答えしている風に見えたから、友里恵は気が付かなかったのだろう。
 けれど、彩矢にはその一瞬が、とても印象に残っている。
 すい、と離れた自分のトイ。
 あれは、まぎれもなく自分の本音だ。
 こんな部分が見えてしまうなんて、成人はやりにくいな、と思うけれど、でも見える事で相手の諦めがついてくれるのであれば、その方が人間関係を円滑に進められるだろう。
 残念ながら、相手はまだ未成人のため、見えていないのだけれど。
 これをどうやって説明したらいいのか、彩矢は頭を悩ませる。それとも、小田君の成人を待ってから、トイの様子を見てもらった方がいいのかな。
 トイが見える事で生まれた新たな悩みは彩矢の心を一段と重くしてしまう。
 それでも、一つだけトイが見えるようになった事で良かったと思ったのは、予想していた通り、小田と自分の相性は良くない、ということが分かった事だ。
 もしも、小田のトイと自分のトイが仲良くしていたとしたら、彼と相性が良いという事になってしまう。それはなんとなくイヤだな、と思ってしまったから。そしてその後に、思い出したのは、喫茶ひといきの常連の彼の顔だった。
 そういえば、彼にもトイがいるんだろうか。いるはず、だよね。一人一人、全員連れているのだから。だとしたら、彼のトイと私のトイは、どんな反応をするんだろう。ゆりちゃんのトイと同じように、笑顔で楽しそうにするのだろうか。それとも、さっきの小田のトイとの反応のように、顔を逸らして逃げようとしてしまったりするだろうか。
 楽しそうに、お喋りしてくれたらいいな、なんて思った所で彩矢はハッと我に返る。
 そんなの、彼と仲良くなりたい、と言っているのと同義じゃない。
 いや、確かにここのところつれなくされてしまって、寂しいとか思っちゃったけど!
 彩矢はもう何度目かという脳内の妄想を頭をぶんぶんと音が聞こえそうな程に動かして振り払い、友里恵とともに逃げ込むように教室へ向かう足を早めたのだった。

「どした?佳祐」
「んー……やっぱり、かわいーなぁって思って、ね」
 足早に去っていく二人の後姿を、小田が見つめていたとも知らずに。


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