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【短編小説】ロボット掃除機『ルンバ』の日

 ズビビビビビ。たまに、ガッタン。ウィィィィィン、も聞こえてくる。
 あんまり広くない部屋の、床面を這うように進む丸い物体。それを、飽きもせず眺めている様は異様に見えるのかな。
 ロボット掃除機のルンちゃんは、うちに一年前に来た可愛い子だ。なんたってご飯をあげなくても自分で充電してくれるし、お部屋の中を一生懸命、でもゆっくり少しずつ走り回るのもいい。それにそのゆっくり具合と丸いフォルムが愛らしい。サボらず真面目にお掃除してくれるのもポイントが高いよね。くるくる回ってるブラシがちょこちょこ見えるのも可愛いし、わたしがいるってわかると、あっごめんね避けるねってルート変更するところも最高の気遣い屋さんで嬉しくなっちゃう。
 こんなに可愛くていじらしくて最高な子、他にはいないと思うんだけどなぁ。って昨夜の月一幼馴染報告会(って名前をつけてるけど実質はただ喋って飲みたいだけの会になってる)でチカちゃんとご飯食べながら語ったら、呆れたためいきをつかれちゃった。
「あんたのそのルンちゃん好きはもう何遍も聞いたから知ってるけど、あたしも何回だって言うからね?自分で充電するのも、ゆっくり走るのも、真面目にサボらず掃除をするのも、くるくる回るブラシも、障害物があると避けるのも、全部ぜーんぶ機械なの。プログラムされたシステムなの。気遣いじゃなくて、そういう仕様!なの!」
「わかってるけどぉ」
「いーや、わかってない。そういう『モノ』なの!ひと様にとって便利に使えるように、色々うまい事組み立てられたものなの!丸っこいのだって、掃除しやすくて、なんか開発者とか使用する時に丁度いいフォルムだったからそうなっただけで、掃除がしやすかったら四角でも三角でも良かったの!」
 日本酒が入ったグラス片手にもう片方で焼き鳥の串にかじりつきながらいうチカちゃんは、目が据わってる。あ、大変、コレ長くなりそう。そういえば、彼とうまく行ってないって言ってた気がする。話題を何か逸らさなくちゃ。
「大体ねぇ、気遣いとか、そんなもんプログラムに組み込みさえすればロボットだってできんのよ。なのにアイツはホンっと気が利かないというか気遣いという言葉のかけらすら」
「あっねぇねぇチカちゃん追加でブリカマ頼まない?まだ食べられるでしょ?最後のアイスが入るお腹は十分空いてるもんね?」
 段々と私のルンちゃんの話から、チカちゃんの彼の話になってきたところで、追加注文を促して、話題を忘れさせ、その後は美味しいご飯に舌鼓をうち、いつも通り9時前に解散して帰ってきた。
 ……キミを可愛がるのはそんなにおかしいことなのかなぁ。掃除を終えて、デッキに戻っていくルンちゃんを眺めながらふぅとためいきを一つ。
 別に良いと思うんだけどな。可愛いの基準は人それぞれでしょ。まぁ、チカちゃんも私の可愛いを否定はしなかったけど。たまたま、チカちゃんが彼とうまくいってなかったから、そういうことにしよう。チカちゃんだって悪気があって言ってる訳じゃないのは知ってる。毎回、飲んだ翌日に『ごめん、昨日またやった。』ってメッセージが来るから。
 そうだ、今度の報告会は、ウチでやったらどうだろう。美味しいデリとかデパ地下お惣菜を沢山買い込んで、お酒もいくつか用意して、チカちゃんを我が家にご招待。
 そうだよ、チカちゃんが前にウチに来たのってルンちゃんが来る前だったよね。まだ見てもらってなかったから、わかんないんだ。
 そうと決めたら気分が軽くなった。お掃除が終わったから、窓を開けて気持ちのいい風を通して換気する。
「よぉっし、ルンちゃんの可愛さを見てもらうぞー」
 んーって気持ちのいい朝の空気の中で伸びをしてた時だった。
「何か飼ってらっしゃるんですか?」
「へ?」
 聞き覚えのある声が……お隣さん?かな?
「ああ、すみません。反応しちゃって。可愛さを見てもらうって仰ったので、何かペットでもいるのかなって」
 ベランダの仕切り板があるから顔はみえないけど、クスって笑ってるのが見える気がする。毎朝通勤のタイミングが被るお隣さんはすごく爽やか、ではないけど、くたびれすぎてもいない普通のお兄さん。スーツはまぁ、普通に似合ってたはず。
「お、はずかしい、です。えっと、あの、ペットとかではなくて……」
「そうなんですか?なんだ、てっきり何かいるのかと思ってました。ここペット不可じゃないですよね」
 少ししょんぼりしたようながっかりしたような声が返ってくる。いい年したお兄さんのはずだけど、そのトーンがなんだかちょっと可愛かった。
「あ、確かちっちゃい子なら大丈夫って話でしたね。でも、生き物のお世話って苦手なので、飼ってないんです。そうじゃなくて、うち、ロボット掃除機がいて」
「へぇ。ロボット掃除機って、……丸くって小さいブラシが回ってる、あの?」
「あの」
「なるほど。それは確かに可愛いかも。ってごめんなさい、隣から不躾に話しかけちゃって」
「いえいえ、それは大丈夫です、っていうか、可愛いって思ってもらえます?!」
 お兄さんが呟いた、「可愛いかも」に食いついちゃった。だって昨日の今日だったから。
「え?そうですね、可愛いんじゃないかなって思いますよ。実物を見た事はないので、イメージでしかないですけど、まん丸の形とか、ゆっくり走るとことか、頑張ってるなーって思って」
「うわぁ、嬉しいです!ありがとうございます!」
「え?いえいえ、お礼を言われるような事、ですかね?」
「昨日友人に可愛くないって言われちゃってへこんでたので、とっても嬉しいお言葉を聞けて元気になれました!なのでそのお礼です!」
「あはは、それは良いタイミングで声をかけたのかな。そういうことなら、どういたしまして、です」
「それじゃ、失礼しますね!ほんとに、可愛いって言ってくれてありがとうございました!」
「はーい」
 嬉しくなって、テンションが上がって、来月の計画が正しいんだという決心がついた。換気も終わったからとベランダを閉めて、チカちゃんに返事兼来月の予定を書き込んだメッセージを送る。
『ん、それじゃ来月はふーかの家ね。楽しみにしてる。食べたいデパ地下惣菜探しとく』『わたしも』と〆たメッセージと、ルンちゃんを見比べてニマニマしちゃう。
 そうと決まれば、と私は最新デパ地下事情を調べるために検索画面を開いて調べ始めた。

 二週間くらいあとで、「僕も買っちゃいました、ロボット掃除機。可愛いですね、確かに」と隣のお兄さんが教えてくれた。それを聞いた私は、やっぱり可愛いんだ!と自信を持ってチカちゃんをご招待した。当日はルンちゃんの可愛さプレゼンをばっちりして、チカちゃんにも、オーケールンちゃんが可愛いって、よぉくわかったよ、と言わしめたのでした。




 本日は「ロボット掃除機『ルンバ』の日」だそうです。日本記念日協会様より。

 我が家にもおります、ロボット掃除機さん。真面目に黙々とお掃除をしてくれて、しかも細かいところまで逃さずゴミをとってくれて、便利ですね。まぁ、細々した突っ込みは多々でてきちゃいますが、それでも大部分を掃除してくれるとかなり助かる、というのは正直なところ。やってもらっている間に他の部分の掃除をしたり、違う用事をこなせるので、本当にありがたいです。
 私自身は、そこまで可愛がる思考ではありませんが、でもなんとなく、可愛いと思う気持ちもわかります。そして、好ましいと思っている部分を否定されると悲しくなってしまう気持ちも、同様にわかるつもり、です。好きを否定されるのは悲しいですよね。できれば理解してほしいし、もっと言えば共感してほしい。共感が難しかったなら、理解だけでも。自分はたしかに感じているのだから、それを否定はしてほしくない。世の中にはそんな気持ちがあふれているのかな、と思いました。
 他人の好き、がいかに自分にとって受け入れにくいものであっても、それが他者に迷惑をかけずに保っていられるものならば、許容していいんじゃないかと思います。感情も、好みも、人それぞれですしね。そしてたまに、少しでも引かれる部分が、理解したいと思う部分があったなら、お話を聞いてみると、実は自分も楽しめるものかもしれない。そんな風に、少しずつ、自分の許容範囲を広げて、楽しめるものを広げていきたいなと思う今日この頃です。

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