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わざわざ軒先にプランターを出しておいて花を枯らしている人がいるのが本当に許せない。わざわざ種を買ってきてある程度は世話をするけれどその後に忘れてしまう、習慣にならない。それならなんで買うのか、なんで育てるのか。最近は枯れそうな花を見ると引き取ることにした。救える命は救いたい。 うちに来ると花たちがほっとするのが見て取れる。最初は元気が無くても、他の花たちに囲まれ、確かな栄養と水分を適切なタイミンであげていれば、やがてはちゃんと育ち花が咲き、それから枯れる。生命のサイクル
今、たぬきの間で「ゆる化け」がブームになっている。ゆる化けとは、リアルさを追求せず、あえてたぬきのディテールを残すところにたぬきとしての自負やかわいさを見出すムーブメントである。今まで単なる「化け損ない」として見られていたものに新たな光を当てるものとして注目されている。 もちろん、年配の狸たちからは奇異の目で見られたし、リアリスタ(リアルさを追求するタヌキたち)からは厳しく給弾された。リアリスタは、これはタヌキを陥れようとするキツネの罠であり断じて受け入れることはできない、
マックス、フレデリック、ロバート、クルトは4人でいつもつるんでいたが、なんとマックスが捕まり、フレデリックが結婚するというのが同じタイミングで来た。残されたのはロバートとクルトである。マックスもフレデリックも檻の向こう(だと言ったのはロバート)だからもう遊べない。 「まあ、遊べないのは別にいいけど、フレデリックの結婚式にマックスが出られないのはかわいそうだよな」 「どうにかして出してやれねえかな」 「牢屋から?」 「まあ、牢屋から教会にさあ」 「急に殺すなよ」 「薬で死刑
家の近くの球場なので一人で行って早目に着いた。朝早いから人も全然いないけど、向こうから英語を話しながらウォーキングをしている人たちがいる。そのうちの一人がこっちを向いて「Baseball?」とバットを構える素振りをしたから「Yes」と答えたら「Good luck!」と言われた。 どうやって答えたらいいのか考えていたらどんどん歩いて行ってしまった。もしかしたら昔野球をやっていた人だろうか。こんな風に声をかけられたことがないからびっくりしたけれど、もしかしたらこれがなんかラッキ
山城国の櫟の社の例大祭に大悪党の黄鼻丸が来た。この男は二升でも三升でも酒を飲む、そのために鼻が赤いのを通り越して黄色くなるのでその名がついたのである。さらには酔いに任せて子供を捻り潰すとの噂であった。今宵、手下を引き連れて現れたのも信心からではないのは明らかだった。 例大祭の最後には炎で清められた櫟の葉を持った巫女が舞い、その葉で人々を打って浄めるのであるが、今年その任にあたるのは宮司の12になる娘であった。黄鼻丸と手下はまさにその舞が行われんとした時に現れたのである。
クリスマスだからってショッピングモールのチェーン店のカフェに来なくても良さそうなものだが、来る。行くところがないのだろう。そういう自分もここにいる。ただしカウンターの裏だ。もうすぐ閉店なので残っているのは中央の大テーブルでApple製品を見つめる硬派ぶった客たちだけだ。 そこにサンタクロースが入ってきた。今日何人見たことだろう。仕事のサンタ、調子に乗ったサンタ、子どものサンタ、やめたらいいのに。 「ホットコーヒーの1番大きいサイズをください」 「店内でお召し上がりですか?」
13時に小学校に着くように局を出た。なぜ今日は遅いかと言うと、小学校で年に一度あるお手紙を書いて出す日で、締めくくりに、学校に置いてある昔の型のポストの鍵を開けて手紙を取り出して持って行くことになっている。いつも通る道ではあるけれど、今日はなんとなくウキウキしている。 車を停めて行くともう子どもたちが並んで待ち構えている。1年生から6年生まで10人いるので、ポストから取り出す時に、一応、枚数を数える。1、2、3、4、5、6、7、8、9、10、11…。 「11枚ありますけど、
「はい、鼻に乗せるよー」 何かが鼻の前に差し出されるから嗅ぐ。これは落ち葉の匂いだ。大丈夫、怖くはない。 毎年、秋になると鼻に落ち葉を乗せたままおすわりをさせられる。去年までは上にある木がはっきり見えていたけれど、今年は何かがあることがぼんやりわかるだけ。風の中の匂いは同じ。 知っている匂いが少し離れるから不安になる。今まで見ることに頼っていたのを今になって後悔している。もっと鼻を鍛えておけばよかった。 「待て、よ、待て。いい子だねー」 どうしても足がもぞもぞ動いて
王子の生活は全てが細部にわたって決められている。毎日、侍従長が隣に立ってすべきことすべきでないことを述べ続けるので、それを自らの意思でしているように見せる術を覚えなければならない。それが死ぬまで、いや、死んだ後も続く。もちろん、全てに例外はある。しかし、その例外が曲者だった。 王子たるものが行う例外は全て決まっている。自分の意思はそこに介在しなかった。秘密は公然であり、内面は外面であった。それを崩したのが舞踏会に現れた一人の少女であった。ガラスの靴(「このようなものは見たこ
月は高く、音楽は美しく、夜は優しく、そして王子は素晴らしかった。しかし、シンデレラは自分が心の底まで醒めているのを感じていた。王子の次の動き、周りで踊る廷臣たちと娘たち、そして彼らの好奇の目を集めている自分自身をも少し上から見ている自分がいるような、そんな気がしていた。 何か一つでも失敗があれば今夜の夢は破れてしまう、その危うさは分かっていたが、シンデレラの心の底には絶対の自信があった。与えられたカードで言えば絶対的に不利だった。魔法使いのお婆さんはこの上ない切り札ではあっ
「派遣さん」を男だと思っていたら小柄なおばさんでちょっとびっくりした。繁忙期に入るので、とりあえず説明をして業務にあたってもらうことになった。 「プロファイルが回ってきたらそれを一読してください。そこから電話を掛けます。電話掛けの経験がおありだと上から聞いてますけど、どうですか?」 「そんな、もう、やったことがある、というくらいです」 「わかりました。では、やったことはないとして説明しますね。書いてある番号を押す前に0を押した後にこの番号を押してから通話してください」 「わ
宗教者が猫を撫でながら言う。この世は全く神の啓示です。進むべき道は全て目の前にあります。一本の木、一輪の花、一個の石に至るまで、道標で無いものは一つもありません。しかし、人は言葉に毒されてそれを見る仕方を忘れてしまいました。なんと多くの諍いが言葉から起こることでしょう。 この猫をご覧なさい。この猫は言葉を解しません。しかし、わかるのです、わかるのですよ。自然のサインを受け取り、それに従って自ら行動しているのです。サインを読むことができれば自分の体の中の声も聞こえます。外と内
今、頭の中に、感情が入っている倉庫があるとする。実在はしないが、それを仮定することにより、感情の整理をするのが目的である。何かがトリガーになって昔あったことを思い出し、それがその時の感情を連れてきて心の中が掻き乱されるので、それをどうにかしたい。余分な感情を捨ててしまいたい。 倉庫は円形になっている。ごちゃごちゃしているな、と思ったが仕方がない。ここから整理していこう。手近にある感情を一つ拾ってみる。イライラしている。これは、レストランに入って食べ物が出てくるのを待っている
11月ともなるとこの地方の朝は厳しく冷え込む。日の光が地平線を照らし始めても吐く息が突き刺すように白くなるのはどうしようもない。それでもイグナツは店を開けるために毎朝暗い中を歩く。祖父も父も同じ時間に同じ道を歩いてきた。遠くからドン、ドンと聞こえるのは、国境の向こうの空爆の音で、そのミサイルが落ちるリズムがたまに歩調と合うとそれだけで嫌な気分になるから、イグナツはその度に速足で歩いた。 店まで来るとウィンドウに誰か寄りかかっている。それだけでも肝が冷えたが、近づいてみてイ