見出し画像

値上げについて

いま、原料や原油の高騰、国際情勢の深刻化や急激な円安の影響で、さまざまなモノや食品の値段が高騰しています。

伝統工芸にも、その波は押し寄せています。
私の仕入れている材料や使っている道具からも、価格高騰をひしひしと感じています。

しかし、伝統工芸で起きている価格高騰の背景には、経済社会とはまた違った背景も横たわっていることをお伝えしたいです。

●伝統工芸の値上げの背景


例えば漆。
今漆業界では、使用する漆の97%を輸入漆に頼っています。これは国際情勢や輸送費の影響が大きく、思いっきり経済社会の影響を受けている品目と言えます。

漆刷毛に使う人髪もそうです。
日本人の髪の毛は利用できる毛質の人が少なく、現在弊工房では中国からの輸入に頼っています。中国社会も近代化が著しく良質の髪の毛の収集が少しずつ難しくなっている点や、人件費、輸送費の高騰などの理由で年々かなり値上がりしています。(重量あたりの値段は漆よりずっと高いです。)

一方、ノコギリの目立て料金。
こちらも値上がりしています。
しかし、ほかの値上がりとは理由が違います。
目立てに使う道具を作る職人がいなくなり、手持ちのものでなんとかしのいでいたり、自分で工夫して自作していたりとなんやかんや手間がかかっているからです。
つまり、担い手不足です。

道具を作る職人。
道具の道具を作る職人。
その道具の道具を…
そしてその国内資源も

と、遡るほど担い手がいない現状です。

ノコギリに限らず、伝統的な道具の確保や手入れにはかなりお金がかかるようになりました。もう再現できないものもあります。

●誰のためでもない値上げ


「道具や素材の値段が上がったので、値上げご理解ください…。」


あなたのまわりで聞く、この言葉の背景をよく考えてみていただきたいです。


国内資源がもう少ないし、資源を維持管理する担い手や道具づくりの担い手がもういないので、ご理解くださいって!?
ふつうに考えたら、そんなものづくり続けちゃダメですよね。
値上げ=現状を理解いただいて買ってもらおうとしか考えていない流れは、いけないと思います。
誰の、なんの助けにもなっていません。


医療品、衛生用品、食料生産など、人命に関わる急を要するものの生産ならば、輸入に頼らざるを得ない状況も仕方がありません。しかし、世の中に良い循環を作るためにある伝統工芸が、社会的背景を理由にした値上げを黙って取り入れてはいけないと思います。

●整っているものは値上げされていない


値上げされていないものも世の中にはあります。
小麦は高騰していますが、逆にお米は値下がりしています。

近所の農家さんが売りにくる自家製野菜は、ハウス栽培のトマトが若干値上がりしたことを除いては、ずっと、もはやお裾分けレベルの値段です。

地に足のついた、循環が整っているものは、値上げされていないのです。

●受け入れるべき値上げ、応援すべき値上げ


新しい後継者が入ったから育成のための資金にするとか
森林を管理するのに必要な資金にするとか
改善の目的の資金のために値上げされているのなら、それを選ぶのは良いことです。それを選ぶべきです。

しかし、誰のための値上げなんだろうと考えたとき、誰のためにもなっていないものだったら、それは伝統工芸のものづくりの循環の中に入れるべきではないと思います。


その値上げは、現状を改善するための資金になっているのか?


ものを選ぶときは、是非これを指標にしてください。

職人はこれをよく考えて素材や道具を選び、消費者も、値上がりの理由に納得できない伝統工芸品は購入すべきではありません。


もしノコギリの目立てやさんが使う道具を生産できる町工場が国内に現れて、少し値は張るが良いものだというのなら、目立てやさんには是非それを使っていただいて目立て代金が高くなるのも私は納得して受け入れたいです。

桧の手割り職人さんに後継者が現れて、その育成資金のために手割り代を少し値上げしたいというならば、私は喜んで買い支えたいと思います。

そのとき漆刷毛が値上がりしたら、ご理解いただけたら幸いです。

●本当に求められている人材


お金だけでは解決できない問題もあります。
やる気のある、人手の確保です。
伝統工芸の大きな課題です。


手仕事なので、年間の生産量には限界があります。
仕事をこなすほど経験値も上がり、手際もよくなり、品質も上がっていきますが、体力は歳とともに下がっていく一方です。
最初のころは手際と技術でカバーできても、いつかは歳の影響がそれを上回るときがきます。
体力確保のため需要をセーブしつつ生活費も確保するためには、品物を値上げしなければなりません。
資源の循環が整っていても、手仕事というのは、人手がないと成り立たないのです。


いま求められているのは…

世の中を救えるのは…

手に入らなくなってきている材料を高いお金を出して頑張ってかき集めて自分だけの良い品物を作ろうとする情熱のある作り手ではなく、これから先皆が平等に利用できるように、生産体制を整えながらそれらを使ってものづくりをしようとする作り手です。


伝統工芸の存在意義は、世の中に良い循環を作るための手段なのですから。


今、伝統工芸に本当に求められているのは、資源づくりに携わる人々と、それを使用し循環づくりができる人。そこに情熱をもった人なのです。その人が作る伝統工芸品こそ、価値がある、本当に良いものだと思います。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?