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愛着が繋げる世代と暮らし

―中尾
先週は長野県茅野市の寒天工場のお話を聞いていただいたのですが、私たちが行った日は2日間とも、きりっとした寒さで、空気が乾燥していて、本当に抜けるような青空で雲一つなかったんですが、それが本当の寒天日和なんです。
寒天は寒いところが良いから、じゃあ北海道でもできるかというとそうではないんですよね。

―澁澤
日本って面白いですね。寒いところで、湿った空気のところでは塩引き鮭という鮭の発酵食が盛んですしね。

―中尾
それは新潟ですね。そう考えると、日本ってとっても贅沢な国ですよね。

―澁澤
そうです。土地土地によっていろいろある、こんな贅沢な国はほかにはありませんからね。

―中尾
茅野に折角行ったので、「お泊りは下諏訪が良いよ」と、冬の間は寒天づくりをしながら茅野で暮らしている旭川のガラス作家の安田さんに勧められて、そこから車で30分くらいの下諏訪のゲストハウスに泊まったのですが、そこがとても良かったので、今日は諏訪のお話をしてよいですか?

―澁澤
はい。

―中尾
まず、諏訪湖と言えば御神渡り(おみわたり)です。

―澁澤
御神渡りって知らない方もいらっしゃると思いますが、どんな風景になるのですか?

―中尾
昔からとても寒い地域でしたので、冬は諏訪湖一面に厚く氷が張ります。水が凍ると膨張して、氷にひびが入って、そのひびがはいったところが盛り上がります。それが一本の道のようになって、神様が歩いた足跡のようなので、「御神渡り」と言われます。

―澁澤
氷が割れて、湖に線が入って、氷の割れ目ができるということですね?

―中尾
そうです。諏訪大社というのは、上社の本宮、前宮、下社の春宮、秋宮の4つのお宮の総称なのですが、その上社にタケミナカタという神様がいらっしゃいます。
そして、下社の方にお姫様がいらっしゃって、ヤサカトメノカミといいます。諏訪湖が凍って、その女神に、タケミナカタノカミが会いに行かれた足跡だといわれています。

―澁澤
ロマンチックな話ですね。

―中尾
ロマンチックな話なんです!その諏訪湖がここのところ温暖化で凍らなくて、その御神渡りが難しくなってきているのです。ところが、私たちが行ったのは1月7日なのですが、氷が張って割れていたのです!!
私たちは横を通ってその氷を見た時に、「これは御神渡りだ!」と盛り上がったんですが、実はその時はまだ氷が張って少し割れていただけで、まだ御神渡りではなかったらしくて、地元の方たちには、「今年は御神渡りが期待できる」という時期だったようです。(*ちなみに、2月6日「今年は御神渡りの出現はなかった」と発表されました)

―澁澤
中尾さんたちに会いに来られたのではないのですか?(笑)

―中尾
違います!
私たちが泊まったのは、下諏訪の古い建物、たぶん大正時代くらいですかね、100年くらい前の建物をリノベーションしたゲストハウスでした。
(実際には明治時代の古地図にも載っている「ますや」さんという老舗旅館だったようです)

―澁澤
日本が一番お金持ちだったころですね。
いろんな職人さんたちがまだ家づくりに関わっていた頃の建物ですね。

―中尾
そうなんですね。

―澁澤
美しいですよね。その時代の建物は。

―中尾
凄く素敵です。いたるところの細工がものすごく優雅で美しいです。

―澁澤
指物師と言われている方々がたくさんいらっしゃって、その人たちの腕の見せ所だったのでしょうね。

―中尾
楽しんで作っていらっしゃるのが良く分かります。

―澁澤
ちょうどアールデコ、アールヌーボーといわれる世界で、まさにそんなようなデザインが入ってきた大正モダンですよね。

―中尾
たぶん10年くらい前に、私と同年代でこの建物を愛する仲間が集まってリノベーションされたんだと思うのですが、ゲストハウスというと、共同の洗面所とか、台所がありますけど、水場は新しいタイルで統一されていて、蛇口とか電灯とか古くて良いところは残して、昔の建物なので廊下とか玄関とかは寒いままなのですが、大広間には隅々まで温かい暖炉があったり、宿泊者のベッドには一つずつ朝まで保つ湯たんぽを入れておいてくれたり、快適に過ごすための工夫に人の手が感じられて、すごく良いのです。

―澁澤
今の家みたいに快適空間を維持するのではなくて、昔の日本家屋のローテクな世界の中で、それを活かしながら手間をかけて少しでも快適にすごそうというのが、わかる。
そのありがたさがわかるってうれしいですね。

―中尾
そうなんです。さらに良いのは、それを運営しているスタッフが20代、30代の若い人達で、自分たちがここにいることがうれしくて楽しくてしょうがないって感じで働いているのです。

―澁澤
手間をかければかけるほど愛着はできるし、子供みたいになっていくんでしょうね。
その、愛着があるものの中で働けるとか、暮らせるということに今度は愛着を持っていって、そうやって世代と世代が「家」というものを中心につながっていくのは良いですね。

―中尾
そう、世代がつながっている。もっと言えば100年前からつながっているということが素敵ですよね。

―澁澤
そこで更地にして建て替えてしまって、新しく今風に建てることもできるでしょうし、むしろその方がお金をかけずに済むかもしれないんですけど、だけど、そうすると世代は切れてしまいますよね。その時の人の欲求だけでつくってしまうことになりますから。

―中尾
一番、良い形だと私も思えて、ほっとしました。

―澁澤
最近はね、マンションだとかビルでも一部分を完成させないで施主さんに引き渡して、その部分は自分たちで作ってくださいという家の建て方が出てきているようです。要するに愛着を作る部分という余地は敢えて未完成で残しておくというようなことが、この頃の事例でありますね。
でもそれだったら、古い大きい木で作ってある、例えば千年の木で作った建物は千年使ってあげなきゃいけない。そのためには、世代と世代が少しずつ修理をしたり、手間をかけたり、新しい価値を継ぎ足しながら、つないでいくというのが日本家屋の理想なんでしょうね。

―中尾
そうですね。それは人がつなぐということですよね。
それを好きな人をずっとつなぐってことだと思います。
施設の中にはお風呂はなくて、近所に温泉がいっぱいあるので、街を歩いて温泉に入りに行ってくださいとか、お風呂セットを持っていない人のために用意していますから自由に使ってねとか、お食事も近所においしいお店があるし、お総菜屋さんもあるので買ってきて食べても良いですよとか、サービスが町ぐるみでとっても良いんですよ。

―澁澤
結局、全部完成型を望まないで、少しずつ自分たちの手間を入れていくという、その部分って考えようによってはとても煩わしい部分ですよね。それをあえて手間をかける。手間をかけて煩わしいけど、そこに温かさを付けていく。そういう心を持てると優しくなるのかもしれませんね。自分だけのことではなくて、次の世代、あるいは来てくれるお客さんのことを絶えず考えられる。その部分、心の余裕ですね。今はほとんど自分が生きることだけで精一杯な社会ですからね。

―中尾
なるほど、だから居心地が良かったんですね。

―澁澤
その心の余裕ってなにも家だけではなくて、社会の中でも地域の中でも、ものすごく重要なことなのでしょうね。

―中尾
そう。なーんだろ、この居心地の良さは…という感じでした。

―澁澤
高度経済成長の頃に、団体旅行が中心になってね、大型のホテルが連立したんですよ。
その時の最先端は、ホテルの中に全部完備したんです。土産物屋からカラオケから、外に出ないように、中に全部ありますよと。で、バブルがはじけた時はそういうホテルから倒産していきました。結局地域と細かく網の目のような人間関係で成り立っている宿舎が一番残りました。観光地というのはそうあるべきかもしれませんね。街全体が観光地であって、特別なホテルがあるから観光地になるわけではないですよね。

―中尾
ちがいますね。町は、みんなが、地元の人が好きな街でなければいけないと思います。
そのゲストハウスで、若い女性のスタッフから「今日はどこに行かれるんですか?」と聞かれたので、「やはり諏訪大社さんに行こうと思う」というと、「じゃあ、諏訪大社さんにいったら、その隣に私の大好きなお寺があるので、ぜひそこにも行ってください」っていわれたら、寄りますよね。

―澁澤
寄りますね。紹介してくれた方の人柄にも触れたような感じですよね。

―中尾
そう。いいところだなあ。彼女がここの風景が好きなの、わかるなぁと思いました。

―澁澤
それが新しい観光の形でしょうね。

―中尾
古くて新しいんでしょうね。そもそもそうだったんじゃないですか?

―澁澤
それは新しい街でもできますよね?

―中尾
もちろん!というか、いかに自分の町が好きかですよね。
外から来た人がそこを楽しんでくれて、自分が好きな場所を好きだといってくれて、もう一度来たいと思ってくれることが、次につながるということですよね。

―澁澤
自分のお店も次につながる、自分の入っている建物も次につながるということですね。

―中尾
さらに、いずれここに住みたいと言ってくれたらもっと嬉しいし、やっぱり好きでないとだめです。シャッターを下ろしているのに他人には貸さないとか、それが残念というか悲しすぎます。町のことを考えたら、ここは開けた方が良いでしょとか、若い人達に譲りましょうよとか、そういう心を持ってほしいです。

―澁澤
逆に、今の若い人達はコンピューター上のクラウドというのが当たり前の概念なので、カーシエアとか、シェアハウスとか、シェアとか共有とかに抵抗がないし、古着とかリサイクルも抵抗がないので、とても良い感覚だと思います。地球にも未来にも、とても良い感覚ですね。

―中尾
たぶんこれからそれが主流になっていくのでしょうね。

―澁澤
そうならないと、人間は生きていけないと思います。

―中尾
では、若い人達に期待しましょう。

マスヤゲストハウス - 信州諏訪のゲストハウス (masuya-gh.com)

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