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「価格の裏側を知る」

―中尾
今年最初の旅にでてきました。

―澁澤
ほお~、どちらに?

―中尾
長野県の茅野市です。

―澁澤
寒いところですね。

―中尾
とっても寒いところです。
なぜそこに行ったかといいますと、2011年から10年間旭川に通ってギャラリーを運営していたのですが、そのギャラリーで毎年地元のアーティストさんの作品を販売させていただく期間が2か月あって、その中で美瑛に住んでいらっしゃるガラス作家の安田敏行さんと出会ったんです。安田さんは冬になると旭川というか美瑛を出て長野の茅野市に行って寒天づくりをされるので、「なんで茅野に行くの?」と聞くと、「旭川は寒いから」っていうのです。いやいや、茅野もたいがい寒いよねって言ったんですけど(笑)

―澁澤
渡り鳥みたいなもんですね(笑)

―中尾
そうですね。でも、やっぱり美瑛の寒さとは全然違うらしくって、もう20年茅野に通われていて、寒天づくりも職人さんみたいになっているのです。

―澁澤
茅野というとね、八ヶ岳という独立峰ですよね。山がいくつかあって、それが諏訪湖という湖の横にあって、そのふもとの町ですよね。

―中尾
そうなんです。八ヶ岳がものすごくきれいに見える街なんです。

―澁澤
寒天というとね、天草を煮詰めてつくるのですが、長野県って海のない県ですよね。さて、そこで、なんで寒天なんですか?

―中尾
そうなんですよ!よくぞ聞いてくださいました!!

―澁澤
いや、そこを聞かなきゃいけないんだろうなと思って(笑)

―中尾
私たちど素人で、本当に何も知らないで行きました。本当に失礼なんですが、ちょっと弱い感じで「天草ですよね? なんで、山の中なんですか?」って聞いてみました。
すると丁寧に教えてくださって、よくわかったのは、気温は本当に低いですけど、雪が降らないのです。この冷えた感じと、乾燥した、この天候が、本当に寒天を干すことに適しているのです。
驚いたのは、その天草なんですが、世界中から来るのです。アフリカとか台湾とか韓国とか、日本もありますけど、ほとんど外国からやって来るんですよ。アフリカからくるんですよ!びっくりしました。

―澁澤
当たり前のことなのですが、天草をとるのは海にもぐって採るわけですよね。
そうすると、日本のように人件費の高いところではコストが高くなって天草では合わなくなりますから、他のものになるんですよね。

―中尾
そういうことなんですね。日本は天草、山ほどあるでしょ!って、思いましたけど。

―澁澤
でも藻場が少なくなっていますから、なくなってきているかもしれませんね。

―中尾
それで天草は海外からいっぱい来ていて、それを洗ったり、機械に入れて茹でたりして、まずはあの重いゼリー状のものが出てくるわけです。それを干すのですが、乾燥する段階がいくつもあって、最後は乾燥して皆さんご存じのカラカラの軽い寒天になります。その工程の大変なこととか、人手のかかることに驚きました。
感動したのは、全部自然に合わせて作業をするということ。
今回一緒に行った私の夫のいとこの奥さん(私たちは血のつながりはないのですが)がフードコミュニケーターという仕事をしていて、乾物は防災食であり、未来食として紹介しているのですが、その彼女が「寒天づくりなんてめったに見られないから見ておきたい」と言うので、思い切っていってみました。

―澁澤
そうですよね。これから本当に少なくなっていくでしょうし、最後の機会かもしれませんね。

―中尾
新宿からあずさ9号にのって、茅野の駅で降りたら、まず「寒天の町」という大きな看板が目に入るのですが、その茅野でさえもうずいぶん減って、ここ数年でもまたさらに減っているので、残っているのは本当にわずかだそうです。社長さんにもお会いできて、お話伺いました。

―澁澤
お天気相手の商売だし、尚且つ人手がかかるし、手間がかかるし…

―中尾
重いし、冷たいし…女性の社長さんは何度も心が折れそうになったとおっしゃっていました。だけどそれを支えてくれたのは何十年も一緒にやってくれている職人さんたちと、そして八ヶ岳なんですよ。あの八ヶ岳の風景が、また頑張ろうと思わせてくれるのよ!っておっしゃっていました。

―澁澤
重要ですね。 やっぱり風土というものですね。

―中尾
そう、何回か前にもありましたけど、風景でお嫁に行けるとか、ここなら住めるとか、私は残念ながらそういうこと、感じたことなかったんですよね。

―澁澤
まあ、結局自然と自分がつながっているということを普段の生活の中で経験がないということですよね。

―中尾
海は好きでしたけど、普段の暮らしの風景の中にはなかったですね。だから、北海道に行っても、今回の茅野市に行っても、ここに生まれていたらどうなっていただろうってよく考えます。
お恥ずかしいですが、若い頃は田舎の風景は動かない退屈なものだと思っていました。けれど、今回の茅野市でも、実際その場所に行ってみると、朝から夜までの12時間の中でも八ヶ岳はどんどん変わっていきます。しかも、それは毎日違うのです。同じ場所なのに、毎日同じ風景がなくて、私が行った日は、昼間は雲一つない真っ青な空に八ヶ岳の雪の白がまぶしくて、太陽が沈みかけると、まるでスクリーンのようにピンク色の夕焼けになるんです。それは八ヶ岳そのものを浮かび上がらせる空のようで本当に美しくて、「それを見たら、ああ明日も頑張ろうと思えるのよ」っていう社長さんの言葉は、心に沁みました。

―澁澤
自然に合わせて生きるってそういうことなんでしょうね。
何でもそうですよね。昔の人達は手間をかけて、干物もみんな作ってきて、決して魚を捨てることがないように。

―中尾
寒天を干すかごがあるんですけど、古くて良いんですよ。「これいいですね」と言ったら、「それはお蚕さんに使っていたものなのよ」って。それがもうないから、全部修理して使ってるのだそうです。

さらに驚いたのは、その寒天づくりの場所が、田んぼなんです。夏は田んぼで、田んぼが終わったら、寒天を作る場所づくりから始まるのです。だから春になったら全部終えて、また田んぼに戻すのです。

―澁澤
なるほど。関東だったらその間に麦を作るのですよ。同じ感覚なのでしょうね。
土地を遊ばせないというか、太陽の光を無駄にしないってことですね。

―中尾
そう、全部感動でした。私が知らないことが多すぎるのでしょうけど…。

―澁澤
で、そこは社長さん以外に何人くらい働かれているのですか?

―中尾
毎年違うようですが、今回は8人おられました。
ちょっとうれしかったのは、今年は若い人が多いんですって。夏はゴルフ場で働いていらっしゃる方たちが、冬は閉めるようになったのかな…2~3人いらして、その中には若い女性もいました。乾いていない寒天、すごく重いんですよ。それを運ぶんですよね。朝の寒い時間から…。

―澁澤
水みたいなものですもんね。
でも良いですね。手間をかけて、先週「自然(じねん)」というお話が出ましたけど、自然の移ろいの中で、人間が手間をかけながら、少しでもおいしいものをつくろうとか、少しでも良い暮らしをつくろうという涙ぐましい努力が見えてくるっていいですね。

―中尾
私たちにできることってないんですけどね。

―澁澤
中尾さんは、お手伝いはされたのですか?

―中尾
食品、商品なので、触ってはいけないのです。
ただ、商品にならないものをどれくらい重いか持ってみる?と言われて、持たせていただきました。
プラスチックの箱1枚が17㎏で、皆さんだいたい2枚ずつ重ねて運ぶので34㎏、若い男性は3枚持つ人もいて51㎏です。考えられません。

―澁澤
あこがれていても、やはり都会人ですね、中尾さんは。

―中尾
めちゃくちゃ都会人です。何にもできないですね。
最初に東京のスーパーで寒天を見た時、一袋に3本くらい入って500円だったんですよ。
その時は「えー、これ高くない?」って思いました。

―澁澤
そうですね。マロニーちゃんとかに比べたら高いですよね。

―中尾
だけど、今回製作の工程を見せていただいて、この値段を知ると「安くない?」って思うようになるました。
寒天ができるまでの工程を知ったら、絶対にこれは高くないと思えます。

―澁澤
そういう金銭感覚を持ちたいですね。
ネットでいくら知ってもダメなんですね。その場所に行かないとね。

―中尾
そう!あの寒さと重さを知ると知らないでは全然感覚が違います。

―澁澤
やはり、この番組でよく言っていますけど、五感で知るということですね。

―中尾
そうですね。見学会は今はやっていないのですが、茅野とか八ヶ岳に行かれることがあったら、寒天がつくられている風景として見ていただけると嬉しいです。

―澁澤
私も行きたいと思います。

―中尾
ありがとうございます。ぜひ。

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