ミルクティーの甘さ

彼の家に行く時は必ず、午後の紅茶ミルクティー1.5Lのペットボトルを買って行く。

一人暮らしの彼はとても貧乏で食べる物すらおぼつかない。だからいつも差し入れの食べ物と糖分補給の意味で午後ティーのミルクを買って行く。これは彼のリクエストでもあった。

私はあまり午後ティーのミルクは好きでは無い。甘ったるくて、そんなに量は飲めない。でも、彼は甘党なのか1.5Lのペットボトルで買って行っても、その日中には飲み干していた。

一人暮らしの男性の家に女が行く。でも何も無い。彼には生きる上での悩み、芸術の話、人間関係、家の話を機関銃のように話すだけである。彼の感性は私のそれとは違えど理解をしてくれる。私はそれが心地よかった。男と女の関係よりも貴いものなのだ。

元より彼は私には恋愛感情を覚えていない。私にはちゃんと別に彼氏が居た。
彼は元彼の友達で、元彼と付き合っていた時に出会った人間だった。彼は私を異性として扱わない事に当時から長けていた。

1.5Lの午後ティーミルクを喋りながら、2人で飲む。私はおかわりをしても2杯ぐらいで止まっていたが、彼はマグカップになみなみに何回も注ぐ。これがお酒ならとんでもない事になっているだろう。

「彼氏には僕の家に来ている事を言わない方がいいですよ。誤解されるから。何をどう説明しても無理だと思うから」
「そりゃ、一人暮らしの男の家に度々来ているなんて、どう説明しても無理だよねえ。でも、そんな感情無いでしょ?」
「僕だって、そんな感情が全く無い訳じゃないんですよ」

そう言って、2人で笑い合う。私達は幾度もこのやり取りを繰り返している。もし、私にそんな感情をまるで抱かないと言えば、私の女の部分が傷付くのを彼は知っている。だからそんな訳じゃ無いと笑いながら言う。彼の人間に対しての細やかな気遣いを私は愛していた。

彼は友達が多い。誰に対しても相手の感性を重視する。私と話してる間に、何度も彼の携帯は鳴る。誰もが彼と話したがった。

「僕、告白されたんですよ。Mさんに」

Mさんは彼と私の共通の知り合いの女子だ。

「へえ~。どうするの?付き合うの?Mさん、良い子だもんねえ」
「お付き合いする事になりました。今度、N公園に一緒に行きます」

話ながら、私はMさんに少し妬いた。こんな物分りの良い男性を独り占め出来るなんて、と。
でも彼は私の彼氏のように、車の運転出来ないし、お金も無い。彼の家に行く度、食べ物の差し入れをしているが、付き合っている頻度でそれをするといくらなんでも、文句を言いたくなるだろう。友達としての頻度だから出来る事だ。

「だから、もうここで会うのは問題なんですよ。誤解を招くから」
「そうだねえ。もう、止めとくか」

言いながら、私の寂寥感は半端無かった。しかし、今の彼氏を捨てて彼に乗り換える事は出来なかった。彼氏は耐えがたい程私を愛している。そして私も彼氏に感謝をしていた。

「じゃあ、もう、差し入れも出来なくなるねえ。今日が最後かな」
彼は最後の午後ティーミルクを注いで言った。
「Kさんは、なんか、お母さんみたいなんですよね」
「そうか。私はお母さんか」
「僕とここで会うのを誰にも内緒に出来るなら良いですけど」

彼は私に母親のような愛情を求めていたのか。会う度に食べ物と飲み物を差し入れする。そうやって彼の健康を気遣う。そんな人間は母親しか居ないのか。

「それは無理でしょ。今度からMさんに差し入れしてもらいなよ」
「Mさんにはそんな事、させられませんよ。僕も男ですから」

彼に食べ物と午後ティーのミルクを差し入れられるのは私の特権なのか、損なのか。それを考える事をはばかる程、私は彼を愛している自分に気づいた。彼の傍に居られるなら、いくらでも差し入れようと思った。

その時だった。彼の電話が鳴った。Mさんからだった。

「居ませんよ。Kさんはそんなんじゃないんです」

電話を切って彼は言った。
「Kさんが僕の家に居るのか?って聞いてきました。やっぱりまずいですね」
「女の勘は凄いねえ」
「今度、会う時は外で会いましょう」

外で彼と会うのは不可能だった。彼には私と外食するお金は無い。そして、彼は私に奢られ続けられる程のプライドの低さは無かった。

「分かった。これからは外で会おう」

そう言って、私は彼の家を後にした。

それ以来、彼の家には行かなくなった。
私が居なくても彼は糖分が足りているだろうか。
心配するが、母親と言う物は子供の恋愛の邪魔をしてはいけない。
私に出来る事はMさんが彼の家に行く時に午後ティーのミルクを持って行って欲しいと祈るだけだった。そうすれば、彼の健康は保たれるのだ。
私は祈りを込めて午後ティーミルクの500mlを買って飲んだ。その甘さが身体に馴染んでいくのを感じた。



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