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日常は自分を知るもの

普段あまり行かないスーパーへ寄ったら
塩の種類が沢山あって うはは となった

丁度買う予定だったので
近所では買えないやつにしようと選んでいたけれど
お塩さんは持った感覚がとても分かり易い

塩の袋を持つと身体の真ん中がふっと緩む

面白いのは 塩によって緩む度合いが違って
今回持ったやつは
一つが胸からお腹下あたりまで一気に開きゆるみ
もう一つはそれよりもう少し上までの開き具合

何がどう作用してどう違うのかは分からないけれど
とにかく全部違う
だからお塩さん買う時は持ってみて
なーんかこれがいいな~ってやつを買う

余計なもの入っているやつとそうでないものは
緩み方(開き方)が違うのが明らかなので
食塩と呼ばれるものと海水だけで作られたものを
持ち比べてみるとなるほどねーとなるかもしれない

こうやって感覚というものを
日常の中で使っていくと
どんどん感度が増していくから
お遊び感覚で取り入れていくのも
いいんじゃないのかな

選択する基準というものが
値段や産地や評判などではなく
自分に合うか合わないか に
変わっていく



そういった視点が育っていくと
周りからの情報に振り回されにくくなっていく

もちろん今まで通り意見してくれる人はいるし
好きな発信者からの最新データも入って来る

けれども
それらを まる飲み するのではなく
「参考」という形に変わっていく

「身近な人から〇〇と言われた」
今まではそれに引っ張られていたけれど
自分の感覚というものが芯が通れば
それらは 選択肢の1つ だけになり
右往左往することがなくなる

それを見聞きした時の
自分の感覚 それがちゃんと教えてくれる

自分が今心地よいのか
身体はゆるんでいるのか

思考優先から
離れていられているか



本当は 今までもずっとそうだった

誰それさんが何か言った
としても それは 
誰それさんという形を通して
自分の中を観るためのもの

じぶん を 知るためのもの

ああ そうだったんだ と
気付くためのもの



大きな気づきなんて
なくていい

素晴らしい悟りなんて
なくていい

そんなもの追い求めなくても

小さな小さな 身近なもの
目の前のものごと
あたりまえに思える出来事



そんなものらに
すべてがあって
語りかけてくる

ありがとうございます。 お受けしたサポートのお気持ちは、この巡りのなかで循環させられるよう、ありがたく使わせて頂きます。感謝致します。