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それぞれのタイムラインで

ここ数日 和太鼓の音が響いて来ていて
とっても心地よい

どこかで練習してるのかしら
だいたい小一時間くらい
そんな近くではないと思うのだけど
その振動がとーっても心地いい

そして久々のちゃんとした雨

雨音の振動も
どこまでも心地いい

耳で音を聞くのではなく
身体で振動を感じるのが
最近お気に入りで
耳から聞く音も勿論振動なのだけど
もっと広範囲で身体全体で聴く感じ
その振動の心地よさと
一緒になる感じ



ああ こういう事かなと感じ始めたのは
その人それぞれの答えというか
方向性というか そんなものの現れ方が
どのように現れるのだろうと思っていたのだけど

こう
外側との距離が置ける時間が長くなり
外側は写し鏡 とか 反転 とか
そんなものらの言葉だけでない香りが
なんとなく漂い始めると
あらゆるものが メッセージとなり
ヒントとなり サポートとなり

これじゃいけないんじゃないか とか
このままでは とか
そんな 思い さえ全部ひっくるめて
その導きのようなものであって
それでOKで完全でマルでヨシで

そうやって少しずつ緩んでくると
誰もが纏っている防護服のようなものが
少しずつはがれて行って
もしくは変化していって
知らないうちに受け入れられて
知らないうちに許せるようになっていく
まだこの段階では許可の許せるほうだけど



もう 内側にしか なくて
自分のなかにしか ない

じぶんの内側のパイプが
ちゃんと認識できると
そこでの響きが合図となり
目印となり 灯台のようになる

もうこれは
試してみるしかなくて
自分なりの感覚をつかむしかない

違ったってどーせ大した事ないのだから
もしや と思ったら
どんどんtryして チャレンジして

その感覚も その響きも
自分のは自分にしか分からないから
もう他の人が言う「これが正解」は
通用しないし 当てはまらない

そのチャレンジも
ポッと思いついた場所に出かけてみるとか
ふっとよぎったやりかたでやってみるとか
そんな日常の些細なこと 小さなこと

その 小さき をやると
次の 小さき がぴょこんと現れる



まだまだいっぱい
あれやこれや出てくるかもしれない

けれどそれは
チャレンジしたから出てきたもので
もう要らないから出てきたもので
放せるから出てきたもので
よろしくないもの ではない

それが出てきたほど
変わってきたということ
軽くなってきたということ

そしてそれは
じぶんのもの ではない
ということ



最近の空はにぎやか

そして 美しい



ありがとうございます。 お受けしたサポートのお気持ちは、この巡りのなかで循環させられるよう、ありがたく使わせて頂きます。感謝致します。