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UX以前のUX(私的UXデザイン史)14 ユーザビリティ 1

私は、富士ゼロックスに5年弱務めた後、株式会社ヒューマンインタフェースという会社に転職しました。1998年のことでした。この会社はユーザビリティ評価を専門に請け負う会社です。今ではそのような会社がいくつもありますが、ヒューマンインタフェースは1991年設立なので、日本では極めて早い時期にできた会社と言えるでしょう。

この時期から、私は自分の専門分野をユーザビリティと表現するようになりました。今回と次回、2回に分けて、そのころのエピソードをいくつか取り上げます。

1. 転職後の仕事

会社が変わり呼び方が変わっても、私自身の仕事内容はほとんど同じでした。被験者を集めてタスクを行うユーザビリティテストのやり方はもちろん、報告書のフォーマットも富士ゼロックス時代とよく似ていたので、新しい職場での仕事にスムーズに適応できたと思います。

前の会社と大きく違っていたのは、評価対象として扱う製品が圧倒的に多様になったことでした。富士ゼロックス時代は、基本的に自社製品しか扱いませんから、プリンター複合機を中心とするハードウェア、ソフトウェアが評価対象でした。

ですがヒューマンインタフェースでは、基本的に依頼されたものなら何でも評価しました。AV機器、白物家電、パソコンやその周辺機器、デジカメ、携帯電話、ATM、公共端末、業務専用の製品、医療機器、自動車関連製品など、本当に多岐に渡りました。もちろんハードウェアだけではなく、PCやスマートフォンのアプリ、Webも評価対象となりました。

評価対象製品の開発段階として最も多かったのは開発中の試作機や出荷後の完成品ですが、UI仕様書しかない段階やプロトタイプ、シミュレーションでの評価も行いました。

評価スタイルも、被験者にタスクを与えて観察するもの、その結果を定量的に分析するもの、インタビュー中心のものなどさまざま、実施場所も自社のテストラボ以外に、クライアントのテストラボで行うこともありましたし、機材を持ち出して会議室や屋外で行うこともありました。被験者属性は、老若男女、障害者、外国人など、色々なケースがありましたし、被験者を使わないヒューリスティック評価の場合もありました。

およそ「ユーザビリティ評価」として考えられるものは、ほとんどすべて経験したのではないでしょうか。この経験は、自分のキャリアの中で非常に大きな財産だと思います。

また、興味深いことにクライアントの部門もまた多岐に渡りました。やはり最も多いのはデザイン部門、設計・開発部門でしたが、品質保証部門、CS(カスタマー・サティスファクション/顧客満足)関連の部門、企画部門、研究部門などから依頼をいただくこともありましたし、まれに営業部門からのご依頼もありました。企業の中で、いかに多様な立場の人たちがユーザビリティに関わり、関心を持っているのかがよくわかります。

富士ゼロックスでは、いわゆる製品のわかりやすさ、使いやすさを「操作性」と呼んでいましたが、世間的には徐々に「ユーザビリティ」という言葉が定着してきており、転職してからは完全に「ユーザビリティ」という言葉を使うようになりました。そして私自身の職種については、当時比較的よく使われていた「ユーザビリティ・エンジニア」と名乗ることが多かったと思います。

2. エンジンとコンパネ

一般的に「エンジン」というと自動車のエンジンを思い浮かべると思いますが、富士ゼロックスでは、プリンターの印刷を行うコア技術やそれに関連するユニットを「プリントエンジン」と呼んでいました。

富士ゼロックス時代、同僚と話をしていて「うちのプリントエンジンの設計者が車の会社に転職しても車のエンジンを設計することはできないけど、コピー機のコンパネのデザイナーなら車のコンパネはデザインできちゃうよね」という話題で盛り上がったことがありました。

コピー機と自動車のエンジンとコンパネ

考えてみれば、ずっとコピー機業界で仕事をしていた私が、急にそれ以外の様々な分野の製品を、特別なトレーニングを行うことなく扱えるというのは、不思議なことです。設計者ではこのようなことはあり得ないでしょう。名前こそ同じ「エンジン」でも、プリントエンジンと車のエンジンでは、仕組みも設計に必要な知識もまるで違いますから。

ですが、コンパネ(つまりUI)のデザインやユーザビリティ評価の仕事は、比較的容易に他分野の製品に対応できます。それは、UIやユーザビリティの良し悪しを決める基準が人間の特性だからです。いかに製品が変わろうとも、ユーザーは同じ特性を持った人間ですから、ユーザーにとってのわかりやすさ、使いやすさの原理原則が変わらない限り、どんな製品のUIも同じ考え方でデザインできますし、同じ基準で評価できます。もちろん最低限の製品についての知識は必要ですが、ユーザーと同程度の知識量があれば、さほど困ることはないでしょう。

ユーザビリティ・エンジニアは、一般的な設計者のように特定の製品について深い知見を持っているわけではなく、どちらかというとユーザーの特性について深い知見を持った開発者なのです。私が転職後、幅広い分野の製品を評価することができたのも、そのためです。

3. ISO 13407

転職して間もなく、業界内で国際標準ISO 13407が話題となったことがありました。ISO 13407は「インタラクティブシステムにおける人間中心設計プロセス」で、その後ISO 9241-210に引き継がれUXデザインに関する国際標準となる前となっていく原型です。簡単に言うと、ユーザーにとって使いやすいシステムを作るための設計プロセスを規定した内容となっています。

手元にある当時の資料を見返してみても、当然のことながらUXという言葉は一つも見つかりません。当時、人間中心設計という設計思想を支える観点は、ほぼユーザビリティのみでした。

ISO 13407は1999年に正式に発行されたのですが、その少し前から日本のメーカーでは、この国際標準の認証が取得できる体制を整えるべく、研究や情報交換が盛んに行われていました。彼らは、自社製品を海外に輸出できなくなることを恐れていました。というのは、海外市場はISO準拠を重視する傾向が強く、実際他の標準では、認証をとっていないために製品の購入を拒否されるケースがあったそうです。海外に製品を販売できないとビジネス上大打撃なので、正式発行の前にISO 13407対策を進めておく必要があったのです。

正式に発行された結果については、私はメーカー勤務ではないので内情はよくわかりませんが、輸出のために認証手続きを行ったという話は特に伝わってきませんでした。結局、事前に懸念していたほど大きなインパクトはなかったということではないかと思います。
ただ、これをきっかけに各メーカーのユーザビリティや人間中心設計に対する意識が高まり、組織や設計プロセスが整備されたという点では大きな影響があったと思います。

当時、私のいた会社もさまざまなメーカーから相談を受けました。もし輸出製品はISO 13407認証取得が必須ということになっていたら、評価依頼が激増したはずですが、残念ながらそれほどではありませんでした。

4. 海外との仕事

ヒューマンインタフェース在籍中、何度か海外のユーザビリティ評価会社と一緒に仕事をした経験があります。

これには大きく2つのパターンがあります。一つは私のいた会社が国内メーカーから、海外展開する製品のユーザビリティ評価を現地の被験者で行いたいという依頼を受け、私のいた会社からさらに現地の評価会社に依頼するケース。もう一つは、逆に海外メーカーが自社製品の世界規模での評価を海外の評価会社に依頼し、私のいた会社が日本での評価を引き受けるケースです。

多くの場合、ユーザビリティテストでは被験者に製品を使った印象や意見などを聞くインタビューも合わせて行います。この場合、微妙なニュアンスを含んだやりとりになるので、被験者だけではなく実施者も現地の事情がよくわかっており言語の壁がないことが望ましいのです。したがって私たちは、自分たちが海外に出向いて通訳を介しながらテストを行うより、現地の評価会社に実施をお願いする方が現実的だと判断していました。

テスト設計はこちらで行い、英語に翻訳した資料を先方に送付してビデオ会議等で打ち合わせ、テスト資料等は必要に応じてさらにローカライズしてもらい、現地でテストを実施した結果の報告書を英語で受け取るというやり方でした。海外の評価会社から日本での評価を請け負うときも、立場が入れ替わるだけで基本的には同じ方法です。

当時、このように世界各地のユーザビリティ評価会社がパートナーシップを結ぶという動きがありました。多くの製品やWebサービスは当然のようにグローバル展開しており、ユーザビリティ評価も世界のあちこちで実施する必要がありました。特にヨーロッパや北米の評価会社にとってアジアは言語的にも文化的にもまったく異なるため、現地の評価会社の支援が必須だったのでしょう。ヒューマンインタフェースは、国際的なユーザビリティ関係者の団体であるUPA(Usability Professionals Association。現在はUXPA)に加入していたので、そのつながりから、ときどき海外の評価会社からパートナーシップを結ばないかと話を持ちかけられることがありました。

海外との仕事を始めたばかりのころは、お互いに相手の会社のテストの進め方などがよくわからないので、現地まで出向いてテストの様子を見学することがありました。私自身は、イギリスとアメリカに1回ずつ見学に行く機会がありました。
そのようなやりとりの中で、海外の評価会社の手によるテスト計画、テスト用の資料、テスト自体の実施方法、報告書などに触れる機会があったわけですが、基本的に普段自分たちがやっているやり方とほとんど変わらないということがわかりました。

自分たちの評価のやり方は、きちんとしたマニュアルもなく、数少ない書籍や業界内での情報交換を手掛かりに確立していったものなので「本場」と比べて方法が違っているのではないか?レベルに差があるのではないか?という漠然とした不安があったのですが、この経験で自分たちのやり方が世界基準からズレていないと確信が持てるようになりました。

5. 海外と日本の評価結果の差

海外との仕事では、同じ製品の日本語版を私のいた会社が評価し、英語版を海外の評価会社が評価する場合がほとんどなので、同じ仕様の評価対象を別々の国で評価した結果報告書がそろうことになります。これを比較してみると、ほとんどの場合それほど大きな差はありませんでした。

その中でも、ある製品(公共の場に置かれるタッチパネルで操作する端末)について英語版と日本語版の比較評価の仕事は印象に残っています。このときは被験者を使わず、専門家の目で製品をチェックする方法でしたが、製品が日本にしかないので、イギリスの評価会社から担当者を日本に呼んで、同じ場所で日本語版を私が、英語版をイギリスの評価者が評価しました。

海外評価との比較
評価対象製品のイメージ(実際に評価した画面とは異なります)

それぞれの評価結果を突き合わせてみると、ほとんど同じ問題があがっていましたが、目立った差として英語版のみで指摘された問題が2つありました。一つは画面上のキーボードがQWERTY配列ではないので違和感があること、もう一つは画面内に登場するアニメっぽいキャラクターがイギリスの大人のユーザーにとっては抵抗があるというものでした。

私が評価した日本語版は標準のキーボードが日本語ですし、万人が使う公共端末ではアルファベットのキーボードがABC順の配列も多いため、指摘するほどの問題だとは感じませんでした。画面内のキャラクターについては、日本ではよくあることなので私にはまったく違和感がなく、抵抗感のあるユーザーがいるとは考えも及びませんでした。

ユーザーの特性によってユーザビリティ評価結果は大きく違ってしまう可能性があるので、ユーザビリティを論じる上でどのようなユーザーを想定しているかは極めて重要です。ですが、一言でユーザーの特性といっても、個人差が非常に大きいものと差が少ないものがあります。

日本語版と英語版で共通の問題は、ほとんどが人間の認知特性から来るものでした。認知特性は人類共通で、国が違っても大きな差はありません。一方、キーボードは使用する言語に関わるので、日本人と英語圏の外国人で結果に差があってもおかしくありません。画面内のキャラクターは、イギリスと日本の文化の差によるものでしょうから、これも国によって特性が異なります。

ただ、特に画面操作を中心としたUIの場合、ユーザビリティ上の重要な問題はほぼ認知特性に関わるものです。ということは、国による差はほとんどないので、日本人だけで行った評価結果を海外向け製品に適用しても概ね問題はなさそうです。これが、このときのプロジェクトで私が得た実感です。

6. Webユーザビリティ

2000年前後の時期に、Webが一気に一般化していきました。今ほど複雑なインタラクションを伴うWebサービスはまだまだ少ないものの、それでもさまざまなサービスがWeb上で展開され始めました。この流れは、ユーザビリティという考え方の普及に大きく影響しました。

リアルな旅行代理店から旅行予約サイトへ

例えば、旅行の予約について考えてみましょう。リアルな旅行代理店の場合、必ずそこには店員がいます。お客さんが明確な旅行計画を決めていなくても支払い手続きで間違えたりしても、店員が説明し、助言し、提案し、教示し、代行することで、予約の失敗を防止することができます。

これがオンラインになると、店員は存在しないので、お客さんの悩みやつまずきを、すべてお客さん自身で解決しなければいけなくなります。このときWebページを隅々まで読み、考えられる操作方法を辛抱強く試せばお客さんの疑問は解決するかもしれませんが、そのストレスが大き過ぎれば予約すること自体を諦めてしまうでしょう。

旅行に行く意思があり、予約する気がある顧客がお店(Webサイト)まで足を運んでくれたにも関わらず、予約販売に結びつけられないのですから、旅行業者としては大きな損失と言えるでしょう。つまり、Web上でのビジネスを成功させるためには、どうあってもWebサイトをわかりやすくし、顧客(ユーザー)がストレスなく目的を達成できるようデザインする必要があるのです。

こうして「Webユーザビリティ」が注目されるようになり、書籍も大量に出版されるようになりました。

Web以前からユーザビリティを仕事としていた私からみると、WebサイトはWebという仕組みの上で動作している画面UIそのものであり、デザインする上でも評価する上でも、特に目新しいノウハウや手法や必要はありません。数ある評価対象製品の一種に過ぎず、Webに限ってユーザビリティが重要という感覚はありません。
にも関わらず、Webをきっかけに「ユーザビリティ」という考え方が一気に広まり解説書などが出回ったことについては、嬉しい反面、少々複雑な思いでした。

(次回へ続く)

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