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リベンジシュークリーム

冷蔵庫から卵を2つ取り出し、常温に戻しておく。バターは1cm角に切って冷蔵庫に戻す。
普段、材料の下準備はあまり丁寧にしないけれど、今回は負けられない戦いなので、レシピにきっちり従うことにする。

「散歩のあとで、絶対にシュークリームを作る―――。」

という、私の謎の宣言を聞かされて、同居人はとりあえず「おおお」と言った。また何かに燃えているな、くらいに思ったはずだ。

シュークリームは、これだけ市民権を得たお菓子でありながら、作るのはなんとハードルの高いお菓子なんだろう。お菓子作りの猛者たちは、何度も練習を積み重ね、シュークリームづくりはおちゃのこさいさいかもしれないが、私は怖い。(さいさいってなんでしょう)

学生の頃に、友人たちとシュークリームを作ろうということになり、友人宅でワイワイと楽しく作業していた。料理好きの友人2人と、小さい頃からお菓子を作る母をよく側で見ていた私、という最強の3人組。何の問題もないはず。この傲慢が命取りだった。

オーブンから出てきたのは、シュークリームとは似ても似つかぬ、謎の小判のようなもの。クリームが入る寸分の隙間もなし。佐賀平野のようにどこまでも平らな、茶色い、”何か”だった・・・。

という訳で、シュークリームづくりが怖くなった。あんなに目標とかけ離れたものが生まれる可能性があるということ、失敗の度合いが想像を超えてくるということが、シュークリームづくりを怪物のようなものだと思わせた。

伝説の失敗から6年くらい経った今、なぜか急にシュークリームを作ってみたくなった。

宣言通り、散歩から帰ってきてシュークリーム作りを始めようとするも、不安になってYoutubeでシュークリームの作り方を説明している動画を2本見る。
手際よくやらなくては、生地が焦げたりパサパサになったり、いろんなリスクがあるらしい。「はい、ここ大事!」というYoutuberの声がして、血眼で画面をにらみつける。
緊張感と早すぎる疲労でしょげそうだった。間違いなく美味しいシュークリームは、すぐそこのコンビニで売っているのに、なんでこんな思いをしてまで作ろうとしているんだろう。

分からない。でも、やるしかない。

きっちり揃えておいた材料と、動画のイメージトレーニングのおかげで、思っていたよりも順調に進んだ。鬼門である生地を火にかける場面でも、慌てず冷静に作業できた。

リビングにあるテレビから、サッカー日本代表の試合の様子が聞こえてきた。毎度のことではあるけど「負けられない戦い」と言っている。みんな戦っているのだ…

オーブンに入れる前、いい予感しかしない生地の様子ににやにやしつつも、気を引き締めた。喜ぶのはまだ早い。前回だって、この時点では希望しかなかったはず。


そして……



ああ。これはシュークリームの神様が見守ってくれたんだ、と思うほどパーフェクトな膨らみがそこにはあった。お店のシュークリームなのかとみまごうほどのフォルム。軽くて、指でコンコン叩くと中にしっかり空洞がある音がする。クリームだって、こんな広々としたシュー生地の中に入ることができて嬉しいだろう。(自己評価が青天井)

今回は贅沢にカスタードクリームと生クリームの2種をまぜたクリームを入れた。2つを混ぜすぎず、少しマーブル模様が残るくらいの状態が、クリームの中でいちばん好きだ。
美味しい。久々に作ったシュークリーム生地が膨らんだという達成感に浸り、甘いクリームで口をいっぱいにする。

食べ終わりながら、ふと真顔に戻る。この出来立ての美味しさは、今日限りのもの。翌日には皮が少しふにゃっとしてしまう。こんなにも気合を入れて作ったシュークリームの一番美味しい瞬間をのがしてなるものか。
そうして、クリーム多めのシュークリームを二つも食べた。


ややクッキングパパみのあるフォルムのシュークリーム


おわり



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