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6冊目/紅玉いづき『2Bの黒髪』

 高校生の頃、放課後。家に帰りたくなくて、近所の自動販売機のベンチで時間を潰したことがある。日が沈みそうな薄暗の中、私は一冊の本を開いて目を凝らして文章を追った。肌を撫でる涼風が気持ちいい、夏の日だった。

 19歳をテーマにした5人の作家による短編作品集『19―ナインティーン―』を、読む。紅玉いづき先生の短編『2Bの黒髪』が載っているこの小説は、私の宝物のひとつだ。生きるのに疲れたときには、この小説を開くというのが私の中で決まりごとのようになっている。等身大で頑張る女の子を見ていると、勇気をもらえるようであたたかな気持ちになるのだ。

 『2Bの黒髪』は、受験に一度失敗をした浪人生の19歳の女の子が現実から逃げて、その逃げた先で挫折するような物語である。主人公の須和子さんは2度目の大学受験のために予備校に通っているのだが、勉強をしたくない思いから、傍らで漫画を描く生活を送っている。当然、勉強に身は入らないず、予備校にお金を捨てているような状況である。読者の予想通り、些細なことをきっかけに破綻するのだが、その時の須和子さんの独白がどこまでも切実で胸に響く。全部をやめてしまいたい。勉強はしたくない。描けば苦しい、でも描かなくても苦しい。生きているのは苦しい。好きなものがないのはつらい。

 作中で神社の宮司さんが、「いつかは、なるものに、なるだけですから」と須和子さんに言葉をかける場面があるのだが、本当にその通りだと思った。なにかにならなくちゃいけない。なにかになってしまう。どんな風に生きても、生きるだけのものになってしまう。


 私もまた、なにかになってしまう。では、なにになりたいのだろうか。今を私は、うまくやれているだろうか。そんなことを考える。

 かつて、同じ小説を読み自分の無力さを嘆いていた19歳の青年が、私の背中を見ている。

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